双子のきょうだい 後日談12
「いぬ・・・犬、ですか・・」
はぁ、と俺は、相槌なんだか溜息なんだか自分でも分からない、何とも気の抜けた声を吐き出していた。
「お、いや、私も、犬は好きですが。犬にも好かれやすい方ですが、狛犬ですか・・・」
普通の犬に好かれるのと、狛犬に好かれるのでは、何だかこう、うれしさに隔たりがあるというか、どっちかっていうと迷惑っていうか・・・だってさ。普通の犬は、道を間違わせて目的地と全然違う場所に導いたり、いきなり眠らせたりしないだろ、普通。
だけど。
「まあ、いいですけどね」
大して実害無いし。
そう答えた俺の顔を、まじまじと見つめていた百日紅氏は、いきなり笑いだした。
「面白い人ですねぇ」
「は?」
「慈恩堂さんは、あなたのことを<天然>だとおっしゃってましたが、本当に天然なんですねぇ」
「・・・」
慈恩堂店主め。人を天然マグロとか天然ウナギみたいに・・・
「それに比べて、私の愚弟は──」
楽しそうに笑っていたはずの百日紅氏の声に、微かな湿り気が混じる。はっ、と顔を上げると、彼はいつの間にか片手で目の辺りを覆っていた。
「──末の弟に狛犬の姿が見えなくなったのは、成人したからではなく、そういう何か大切なものを、失ってしまったからかもしれませんね」
──そうでもなければ、子供の頃、あんなに大好きだった狛犬を、誰とも分からない相手に売り飛ばそうなんて考えもしなかったでしょうから。
呟くようにそう言った百日紅氏が本当に辛そうで、俺はどう言葉を掛けていいのかわからなくなってしまった。
「あの・・・」
「はい」
「<アルファ>と<オメガ>は、弟さんのこと、怒ってますか?」
訊ねてしまってから、俺は「しまった!」と内心で身悶えていた。
聞くにこと欠いて、俺ってやつは! 傷口に塩を塗るようなことを・・・! 百日紅氏は、末の弟さんのことを本当に案じているようなのに・・・
「怒ってはいますが、見捨てられてはいないようです」
怒ってはいるけど、見捨ててはいない? 双子の狛犬が、末の弟さんのことを?
「え? それは一体?」
どういうことですか?
「兄の方の狛犬、<アルファ>が無事当家に戻って三日後のことだったと思います。末の弟が、久々に姿を消しまして」
「え、それは・・・弟さんが手引きしてしまったという、怪しい骨董屋の手の者に拉致されたとか、そういうことではないですよね?」
俺は怖くなった。実家が資産家というだけで、妙な奴らに狙われる場合もあると、そんなことは素人でも想像がつく。
「いえいえ」
百日紅氏は首を振った。
「盛り場で遊び歩いていたところを捕獲して、この家で謹慎させておりました。ですから、ご心配いただいたようなことはありません」
「それは・・・良かったです・・・」
良かったけどさ。<遊び歩いていたところを捕獲>って、さらっと流す百日紅氏がちょっと怖い、ような気がするぞ。俺なんかには分からないけど、お金持ちの家って色々あるんだろうな、きっと。




