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寄木細工のオルゴール 34

短いです。

店の奥に設えられている畳エリアは、店の通路より一段上がった造りになっている。通路に足を置いて腰を下ろすのに、ちょうどいい具合の高さだ。襖を閉めれば小部屋として独立するようになってるけど、外してある。帳場(レジ)の奥に上階への階段、通路からも行けるようになってるトイレや台所に通じる短い廊下への引き戸は、向かって左側手前にある。


「店の入り口はそこまで対処してないけど、ここはね」


そう言って、真久部さんはこの小部屋の、店に面したほうの鴨居近くを指差した。そこには幾つもの四角い布を連ねた形の暖簾がかかっている。頑丈そうな木綿のごく短いもので、正直何のためにそこに取り付けてあるのか不思議に思ってはいた。周囲に溶け込むような地味な色だし、普段は意識もしてないくらいだ。


「あれは一応結界ですから」


「結界?」


何か、また陰陽師っぽいワードが。難しい印を結びながら、臨兵闘者……


「あちらとこちらを別けるもの。──またおかしなこと考えてませんか? 何でも屋さん」


「……考えてません」


ぶるぶると首を振る。実は、映画の安倍晴明みたいなコスプレした真久部さんを想像しかけてたんだけど……。危ない危ない、また怒られる。


「昔は台所の入り口には必ずあったでしょう? あれは火を使う場所とそれ以外を別けていたんです。火は有り難いものだが、取り扱いを誤ると災厄と化す。だから台所に入るときは先は心せよ、という意味があったんだよ。そんなことを知る人も少なくなったせいか、今ではすっかり形骸化していて、暖簾を吊るす家も減りましたが」


そういえば、慈恩堂、というか、ここん()の台所入り口にはしっかり設置してあるな。レトロな珠暖簾。っていうか、そういう意味があったのか、暖簾。知らなかった。


「こちらとあちら、内と外、日常と非日常、聖域と俗域……そういうものの間に設置するのが結界です。神社の注連縄もそうですよ」


「あれって、結界なんですか?」


ただ神様のしるしだと思ってた。そう言うと、真久部さんはちょっと笑った。


「しるしだとして、そこに手を触れたり、その先に足を踏み入れたりしたいと思わないでしょう? そういうものが結界なんだよ」


線を一本引いただけで、それも結界の意味を持つ、とさらに説明してくれる。


「言わば、仕切りです。あっちとこっち、向こうとこちら。ここは一段上がった場所ですよね? いきなり上がろうと思いますか?」


「……店番のときは普通に上がらせてもらいますけど、それ以外のときは──、だって、ここはうちじゃないですし。なんていうか、真久部さんの陣地?」


招かれなければ勝手に上がろうと思わないけど、陣地はないかぁ、と考えていたら、真久部さんが吹き出した。


「やっぱり面白いね、何でも屋さんは」


さっきまでの緊張を忘れるよ、と目尻の涙を指先で拭いている。そんなに笑わなくても……。ちょっと不貞腐れた気分で、淹れてもらったお茶を飲んだ。無意識に喉が乾いていたらしく、飲みやすい温度になったそれを一気に干してしまった。自然と溜息が出る。──俺も緊張が解けたみたい。


「でもまあ、陣地というのは言いえて妙かもしれないね。店にはお客でもお客未満でも、誰でも入ってもらっていいですが、あの暖簾の下、通路から上がった段の上、この帳場の部屋はね。店主の僕に許された人以外には入ることはできません」


さっきの“清美さん”もただのお客ですからね、と続ける。


「だから、招かれないかぎりはこちらに入れない……とはいえ、瘴気のようなものは洩れてしまって、何でも屋さんに怖い思いをさせてしまいましたが……」


「さっき真久部さん、手遅れって言いましたけど、清美さんはやっぱり……?」


思わずたずねてしまう。答はもうわかってるはずなのに、我ながら往生際が悪い。


「亡くなったんでしょうね。あの様子だと、事故にでも巻き込まれたみたいですね……」


運命を告げられてからの展開が早いのは、一度は容赦されて二度めのせいでしょうか……、と呟く。


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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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