表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
220/415

寄木細工のオルゴール 32

ポイントありがとうございます!

昨夜31を投稿しました。未読の方はそちらもどうぞ。


※2018年2月12日推敲&訂正。2233文字→2260文字。話の流れに影響はありません。

  ──……!


真久部さんが何か言ってるのに、声が遠くて聞こえない。自分の手が俺の意思とは関係なしに動くのを、ただぼーっと見ている。


 カタ……カタ……キリ……


全身から血を滴らせた鬼女は、いつの間にか俺から離れていた。手に持ってるオルゴールが怖いのかな……? 忌々しげにこちらを睨んでるけど、今はそれも怖くない。──よく見ると服もズタボロ、靴も履いてない……よく歩いてこれたな、足が血だらけ……。細かいカールできれいに整えられていたはずの髪も、血でべったり汚れて張りついて……頭も割れてるみたい、髪の隙間から頭蓋骨らしき白いものと、その奥に……。


 カタッ……カタッ……キリ……キリ……


俺の手は、まるで機械のように迷うことなく仕掛けの板を動かし続けている。合間に聞こえるのは、何の音だろう。螺子の回転……?


 カタ……キリキリ……カタ……


俺も“声”を聞いちゃうのかな。嫌だなぁ、何で……清美さんがオルゴールを開けるのを止めなかったから? でもそれは、彼女が縁のある人だと思ったからで、悪縁も縁で……知ってたら止めてた……止められて、彼女は言うことを聞いただろうか……? 先代から何かを預かった真久部さんが、この中にその何かを隠してると思い込んでたみたいだし……。


 カタカタ……キリ……キ……カタッ……


……悪魔の証明に取り憑かれた人間は、自分の眼で中を確認するまで信じない。──見たのに、まだ信じず、信じられず、彼女は持ち主を疑うことを止められないようだった──。そんなふうだから“声”を聞くはめになったのに……その苛立ちを、本来自分に向けるべき怒りを俺に転化して、恨んでる……? だから鬼みたいになっちゃった……?


 カタッ……カタ……キリキ……リ……カタッ……


……そんなのは自分の心の問題で……ロミジュリは悲劇だけどさ、あれは敵同士の家が和解するなり、駆け落ちが上手くいくなりすれば、そうはならない道があった。だけど、何をしてもどうしても疑い続ける人は、譬えるなら出口のない穴の中にいるようなもので、そんな人をハッピーエンドに導く力を俺は持たない。いや、誰にだって無理だと思う……疑心暗鬼の逆恨みで、俺、こんな羽目になってるの……?


 カタ……カタリ……キリ……キリ……


頼むよ、俺の手、俺の指先。──“声”が聞こえる前に、途中で止めれば悪夢を見るだけで済む、はず。真久部さんがそう言ってた。あの人はこういうことで嘘は言わない。俺は真久部さんを信頼してる──。 


なのに、身体がいうことを聞いてくれない。手は、勝手に……。


 カタ……

 キリキリキリ……

 カタリ……カタリ……


ああ、わかる、もうすぐ蓋が開く……。


 カタ……キリ…………キ……リ…………

 

開けたくないのに……!


 カタン


ああ、開いた! 開けてしまった……。


──“声”!


不運で不幸(ハードラック)な運命を、悲惨な末路を告げる“声”が、きっと俺にも──。


「……!」


俺はせめて目を閉じようとした。目蓋も動かせないかも、と思ったが、ちゃんと視界に幕が降りて安心した。


♪~……


「ひっ!」


覚悟をしても、聞こえると怖い……


♪~♪♪♪♪~♪~♪~♪~♪~……


……あれ? “声”じゃない。オルゴールの、光が弾けるようなきれいな音。


♪~♪♪♪♪~♪~♪~♪~♪~♪♪♪♪~……


そっと目を開ける。六面どこを見ても同じ模様だったオルゴールの、一面が蓋になって開いている。中にはアンティークな鍵の頭みたいな螺子。ジーッというかすかな音とともに、巻き戻りながら曲を奏でている。


♪~♪♪♪♪~♪♪♪♪♪ ♪~♪♪♪♪~♪♪♪♪♪♪♪~♪♪♪♪♪♪♪~ ♪♪♪

♪~♪♪♪♪~♪~♪~♪~♪~♪♪♪♪~


……ゆったりとした波の音を繋いで、真珠のネックレスにしたみたいな。


そう、見渡す限りの遠い浜辺、彼方から規則的に寄せる白い波……繰り返し、寄せては引いて繰り返し、波が紡ぐ荘厳な調べ……大粒の真珠を繋いだみたいな……って、あれ? 俺、このオルゴールの曲を聞いた覚えがある。──今日、この慈恩堂で。


頭の中が混乱してる。なのに──。


「『歌を忘れたカナリヤ』じゃなかったっけ……?」


ゆっくり回転する螺子を凝視しながら、呟いたのはそんなことだった。


「『亡き王女のためのパヴァーヌ』」


「へ?」


聞き慣れた声に思わずふり返ると、膝をついた真久部さんが微妙な表情でこちらを見ていた。──いつの間にか身体が自由になっていて、俺はもう一度、へ? と気の抜けた声を出していた。


「──その曲の名前ですよ」


ちゃぶ台から落ちた茶碗や皿を片付ける音が、かちゃかちゃと響く。


「あ、うん……聞いたことあります……」


よく聞く曲だよな。有名な、クラシックの……。でも、俺が言いたいのはそういうことじゃなくて……。


「──きれいなメロディですよね。でも、オルゴールって、二曲も入ってるものでしたっけ?」


「大きいのでは、そういうのもありますよ」


片付け終えた真久部さんは言う。


「でも、僕はこのオルゴールでは『歌を忘れたカナリヤ』しか聞いたことがなかった……。何でも屋さんのお陰で、貴重な体験ができました」


「え?」


「何でも屋さんが開けたんでしょう? 正しい手順で」


「えっ?」


俺が?


「それに、このオルゴールの奏でる音には、どうやら魔を祓う力があったようだね」


ま? って、魔?


「蓋が開いて曲が聞こえたとたん、いなくなりましたよ、“清美さん”」


「え? あ、怪我の手当て!」


全身からぼたぼた血を垂らしていた清美さん。救急車呼ばなくちゃ! 本人いない。倒れてる? 慌てて立ち上がろうとすると、手遅れですよ、と真久部さんが言った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ