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寄木細工のオルゴール 13

※2018年1月21日推敲。2088文字→2104文字。内容に変わりはありません。

「『トミノの地獄』は、まだ幼い男の子トミノが金の羊と鶯を案内に頼んで、ひとり地獄七山七谿をめぐるという内容なんですが、それはそれは美しい言葉で、何ともいえず恐ろしい情景が描かれていてねぇ、あれを夢で見たとしたら、そりゃあね」


「え、うあ……」


確かに、文字だけならその連なりの美しさに酔うこともできるし、多少のホラーにも耐えられなくもないけど(怖いけど)、それを実際に映像にされるとなかなかクるものが……例えば某輪っか(リング)の黒髪ロングな彼女がテレビの中から這い出てくるシーンなんて、小説でも怖かったのに……。


「恐ろしいでしょう?」


にっこり笑う真久部さん。……俺の頭の中を読んでるとかじゃないよね?


「そんなわけで、ただの一晩で震え上がった彼は、翌朝すぐご父君にオルゴールを五手順まで開けようとしたことを告白したそうです。ご父君は彼を叱りつけるより前に、電話に飛びつくようにして次の売り先を探し始め、もちろんそんな簡単には見つからなかったわけですが、その必死の様子を見て、自分は何という恐ろしいことをしたんだろう、とようやくにして腑に落ちたと苦笑いしてましたねぇ」


「じゃ、じゃあ、その同業の先輩は、オルゴールが売れるまでその悪夢に悩まされたんですか……?」


眠ると怖い夢を見るというのがわかってたら、寝るのが怖くなるよな。それでも人間、眠らないとどうにもならないわけで……。


「それが、幸いにしてその日のうちに買い手が見つかって手放すことができたんだとか」


「よ、よかったですね」


「売り先を探しあぐねてご父君が頭を抱えていたとき、その日の終わりがけになって、ふらっと立ち寄った初見の客だったそうだよ。何か面白い組木細工を探しているということで、こういう注意事項のある道具ですが、とご父君が恐る恐る説明したら、それは面白いと。是非買い取りたいというので、一も二もなく売ったのだとか」


「その人は大丈夫だったんでしょうか……」


「どうでしょうね」


真久部さんは言う。


「これは寄木の秘密箱と絡繰り箱が一緒になったようなものだから、腕に自信のある人ならば開けてみたいとも思っても不思議はない。そこで注意に従うか、従わないかはその人次第です。でも、正しい手順でなら開けても何も起こらず、中の螺子を回して音が聴けるわけですから……」


秘密箱と絡繰り箱の違いを、俺は知らないけど……。


「チャレンジャーなら、挑戦しちゃう……?」


「でしょうねぇ……」


真久部さんはまた怪しい笑みを顔に浮かべる。


「悪夢を見せられるのは、その最初から開け方が間違っているからだと僕は思うんですよ。押すと動く位置があって、それは手順と違っていても動かせる。ほら、ルー○ックキューブ、あれを六面全て揃えることはできなくても、動かせはするよね? 一面だけ揃えることもできる。それと同じです」


このオルゴールの場合は、六面全てを正しく揃えることができる手順でないと、夢で警告が来る仕様(・・)なんでしょう、後付けのね、と続ける。


「……何ででしょうね?」


なかなか避けたいペナルティ。


「簡単なことです。下手に動かされると、壊れるからですよ」


「あ、そうか……!」


ジグソーパズルでも、無理にパーツを合わせようとしたら歪みますもんね、と言うと、その通りです、と真久部さんはうなずく。


「初めのほうだけならそう影響はない、というかただ動くだけなので、壊れるまではいかないだろうけど、同時に、その辺で置いておかないといけないのは事実。だから、下手に触らないほうがいいんです」


「……でも、真久部さんはその直前まで開けたって、言ってませんでした?」


うっかり“声”を聞く直前まで。


「僕はわりあいこういうのは得意なほうでね」


にっこり、とまた胡散臭い笑みに唇の端を吊り上げる。


「似たようなのを何度も開けたことがあるので、そうそう間違うことはありません。これがこういう道具(・・・・・・)でなければ、そう、作られた当時であれば、最後まで開けることは簡単にできたと思いますよ」


怪しい(しょう)が育つ前なら、ってことか。さすが、骨董古道具屋の店主。パズルもお手の物ってわけだね。


「そのときは、怖い夢は見なかったんですか?」


真久部さんの見る悪夢ってどういうんだろう……ぶるぶる、そんな恐ろしいもの想像するなよ、俺。


「僕は間違いませんでしたから」


「へ?」


「最後の最後の直前までは開けました、正しい手順でね。でも、そこで止めた。次は絶対間違うと思ったので。だから警告は受けていません」


にこり、と、古い猫のような笑みで。


「さ、さすがは真久部さん……」


俺はそう讃えるしかなかった。お褒めに預かり、なんてちょっとお道化てみせてくれちゃったりなんかして。たまに普通の(・・・)サービス旺盛。これで怖い話さえしなきゃ……。まあ、この人の中では境目が無いんだろうな、と最近思う。怖い話とそうでない話のあいだの、境目が。


「まあ、その人も手放したわけだから、何かはあったんでしょうね。──心配しないでも、単純に飽きたとか、欲しいといわれて譲ったとか、蔵の隅のお宝として売ったとか、物騒でない理由も充分考えられますよ?」


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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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