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寄木細工のオルゴール 8

※2018年1月21日推敲 2037文字→2053文字 内容に変わりはありません。

♪~♪♪♪ ♪~♪♪♪ ♪~♪♪~♪~♪~……



とてもきれいな音。まるで光がはじけるような……


「『歌を忘れたカナリヤ』ですね」


ぼうっと聞いてると、真久部さんがそう言うのが聞こえた。


「……え?」


そうなんだけど、このメロディはそうなんだけど。


「え?」


思わず視線を返してその顔を見た。どこも開いてないのに、何で音が鳴ってるの?


「ああ、これね。開けなくても音を奏でられるオルゴールなんですよ」


しれっと唇の端を上げてみせるから、──俺は何でか怒らないといけない気がした。


「正しい手順で開けたら音が鳴るって、言ってたじゃないですか!」


そう、怒ったのに。


「開けなければ鳴らないとは、一度も言ってませんよ」


涼しい顔で、にっこりされてしまった。くっ! 機嫌のいい古猫みたいなそんな笑みを見ていたら、気力が萎えそうになったけど、頑張って反論してみる。


「いや、普通、オルゴールって蓋を開けたら鳴るものでしょ? 螺子を巻いておいて」


「普通は、ね。でもこれは絡繰り箱だから」


「……」


からくりのひと言で済むの、それ?


疑わしい気持ちを隠しもせず、じっと真久部さんの片方が薄い(はしばみ)色したオッドアイを見つめていると。


「寝かせたら鳴って、立てたら音が止まる絡繰りのオルゴール、箱根に行くと売ってますよ?」


ふっ、と小さく笑って、こともなげにそんなこと言われた。あれだって開けないオルゴールです、と澄ました顔が地味なくせに整ってて、それがまた憎らしい。


「これには螺子が無いんです。だから巻きようがないんだ」


螺子の無いオルゴール? そんなの……。


「どうやって音が鳴るんですか?」


怪しい店で、怪しい店主が、怪しい箱を怪しく取り扱った結果、怪しく曲を奏で始めた、と考えたら俺的には納得がいく気がする……。曲は怪しくないけどさ。


「そこが絡繰りでねぇ」


真久部さんが言うには、さっきサイコロみたいにころころ、ころころ、転がしてたけど、あの動きで中の螺子が巻かれるらしい。


「……すごい仕掛けですね」


どうなってるのか、想像することすらできないよ……。


「ええ、本当に。複雑すぎて、転がす順番を覚えるのが大変でしたよ」


まず正面がわかりにくくてねぇ、と物憂げに溜息を吐いてみせる。


「少しでも間違えると鳴らないし……」


「え? そのオルゴール、手順を間違えたら怖いことになるんじゃ?」


驚いて、俺はまたまじまじと目の前の男前面を見つめてしまった。


「……」


真久部さん、実は聞いたことがあるの? 間違えた者にだけ聞こえるという、恐ろしい声を……。 いやいや、まさか。この先自分がたどることになっちゃうかもしれない、不運で不幸(ハードラック)な運命を、そんな怪しい道具から聞かされて平気でいられる人間なんか、いるはずが……いや、この人ならそれでも平然としてるかもしれない。


──もしかしたら、同類には害のない声なのかも……。


そんなことを考えてしまい、地味に整ってる顔に浮かぶ、読めない笑みから目を逸らせないでいると。唇の端がさらに上がった。ひぃっ!


「あ、音を聞きたくて転がすぶんには、順番を間違っても何も起こりませんよ。──嫌だなぁ、何でも屋さん、そんな、人を妖怪かなにかみたい見なくても。僕だって命は惜しい、不吉な声を聞くはめになるようなことはしません。道具の取り扱いを、間違ったことはありませんよ」


「そ、そうですよね!」


俺の考え、読まれたんだろうか? 怪しい笑みを浮かべたままの真久部さんが、こわ……。


「まあ、その僕も、開ける手順のときは、最後の最後で間違えかけて、肝を冷やしましたけどね」


ひ~~! もっと怖いよ真久部さん。よくそんな涼しい顔で、なんでもないように語れますね……!


「それ以来、開けようとしたことはありません。たぶん、僕に開けられるのがそこまでだったんでしょう」


たとえ正しい手順を知っていても、気に入らない人間には開けさせてはもらえないのだと、とってもこの古美術雑貨取扱店慈恩(アヤシイ店)堂の道具らしい話は続く。


「このオルゴールの意思でそうなるのか、それとも、このまま最後まで開けると危ないという、自分の本能からくる防御反応なのか……。だから頭でわかっていても、手が勝手に間違おうとするんです、間違えたらもっと危ないのに。──まあ、そこまでして開けられたくないというなら、僕は開けません。開けなくてもきれいな演奏は聴けるんだし」


手間はかかりますけど、これだって季節に一度は鳴らすことにしてるんですよ、とにっこり笑う。


「中の螺子が錆びついたら困りますしね。──コレ自身の(しょう)がある程度は防ぎますが、やっぱりたまには動かしておかないと」


……(しょう)って、あれかぁ。古い道具に育つことがあるという意思みたいなもの──厄介な道具ばかりだよね、慈恩堂。知ってたけど。


「だけど、どうしてそんなふうになっちゃったんでしょうね? まさか、作られたときからってことはないでしょう?」


怪しい古道具にだって、生まれたて、じゃなかった、出来立ての初々しい(?)頃があったはずだ。


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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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