双子のきょうだい 後日談5
俺の心の声が聞こえたんだろうか。百日紅氏は安心させるように俺の肩をぽん、と叩いて言った。
「怖がらなくても大丈夫です」
「はあ・・・」
そう言われても、なぁ。
「この家に来た人全員が迷うわけではありませんよ。迷わない人の方が多いです。迷ったといっても、この部屋にたどり着いた人の場合は、単に、呼ばれたというだけのことですし」
「だ、誰に?」
ここって、家族の誰かの部屋だったりするのか? ・・・まるで生活感がないけど。どっからどう見ても屋敷内神社。
「代々の言い伝えによると、この狛犬が呼ぶのだということです」
「狛犬が・・・」
むくむくの大型犬の仔犬のような大きさの、この阿吽たちが?
「・・・呼ばれると、どうなるんですか?」
「別段、悪いことは起こりません。特に良いことも起こらないということですがね」
百日紅氏は悪戯っぽく笑った。。
「ただ、この狛犬は甘えん坊で、気に入った人間が来ると自分たちのところに呼ぶのだそうです。そういう時は、頭を撫でてやると喜ぶのだと言い伝えられています。」
うーん。その行動は、まるきり遊んで欲しがりのわんこ。本当だとすれば。
「さ、せっかくだから、撫でていってください。そうそう、こちらの阿形がこの五月に盗まれましてね。あの時は慈恩堂さんにお世話になりました」
「ぬ、盗まれた?」
俺はまじまじと、ぱかっと口を開けている阿形の狛犬を見た。・・・俺の知ってる神社の狛犬の阿形と比べると、幾分のどかな顔をしているような。だけど、俺が慈恩堂で見たのは・・・
「盗まれたのは、吽形の方じゃないですか? おれ、いや、私、慈恩堂の店で見た覚えが」
見ただけじゃなくて、うっかり尻というか太腿に敷いてしまった覚えが。
えーと。そうだ、あの日。
あの日は、攫われたお兄ちゃんを探しに来たんだといって、どこかの子供が慈恩堂を訊ねてきたんだっけ。あの子、いつの間にか姿が見えなくなって・・・俺が心配してたら・・・
「大丈夫。僕の持ってるこれ」
そう言って、店主は懐をぽん、とたたいた。
「これの匂いに安心して、ちゃんと大人しくついて来るでしょう」
あの時の店主の言葉、思い出した。
これの匂い、と彼が言っていた<これ>というのが、今、目の前の阿形の狛犬が座ってる敷物で・・・たしか、この敷物は攫われた子のお気に入りだって聞いたような・・・
あれ、あれ、あれれ。だんだんわけが分からなくなってきた。