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煙管と真久部さん 2

その言葉に、俺はうなずいた。


「大井さんお手製の保管用綿入り袋ごと、ごん、と床に落としたらしいです。だからフローリングなんか嫌いなんだ、畳なら割れなかったはずなのに! ってお冠でしたよ」


「ああ、大井さんのために、娘さん夫婦が家をリフォームしたんでしたっけ。バリアフリーと畳は、相性がいいとはいえないですからねぇ」


真久部さんも苦笑している。リフォームも良し悪しだけど、時と場合によるからなぁ。皿にはキツかったけど、痛めてる足にはやさしいと思うよ、フローリング。


「でも、これはこれで金継(きんつ)ぎしたらいい味が出ると思うよ……」


そう呟きながら、真久部さんは帳場机からデジカメを出してきた。角度を変えながら、何度も欠片たちを写している。パソコンに画像を取り込んで、職人さんに先にメールで送っておくんだそうだ。最近は古い職人さんたちの間にも、ハイテクの波が押し寄せているらしい。


「これくらいでいいでしょう」


ふ、と息を吐いて、真久部さんは元のように欠片たちを包み直した。箱の中に仕舞う。金継ぎ職人さんの御弟子さんが近所に住んでいるので、明日か明後日あたりに取りに来てくれるという。


「さて、せっかく来たんだから、お茶でも飲んでいってくださいよ、何でも屋さん」


怪しい笑みで誘ってくれる。


「え、いやあ、その──」


この後の予定! 予定は──次は午後からの模様替え手伝いしか無いや。朝早くから仕事してるから、昼はだいたい昼飯と休憩のために空けてあるんだ。突発依頼にも対応しやすいし。真久部さん、それ知ってるからなぁ。あ、笑顔がさらに怪しくなった。


「今日はなんだか早く目が覚めてしまってねぇ。それでつい、シュークリームなんか焼いてしまったんですよ」


中身は自家製マロンクリーム。そんなこと言われて、ごくっと喉が鳴る。


「甘さ控えめで、我ながら上手くできたと思うんだよ。さっき配達に来てくれた商店街のお米屋さんにも、好評をいただきました」


にーんまり。


「……」


俺は、シュークリームに負けた。







中はしっとり、外はサクっと。栗の風味が濃厚です。一緒に出してくれた紅茶とも相性バッチリ……なんでこのヒト、こんなにお菓子作りが上手いんだろう。古道具屋の前はパティシエでも目指してたんだろうか。


謎だけど、美味しいものは美味しいですと、素直に感想を述べておくのは人間関係においてとても大切なこと──元妻の教えだ。ごめんよ、きみの料理はいつも美味しかったから、それが当然のことなんだと……。顔見たらわかるって笑ってくれたけどさ、それ言わなくて離婚になった夫婦知ってるから……俺たちも別れたけど、それが原因じゃない。はず。


「マロンクリーム最高です!」


ひとつしっかり平らげてから、本気の賞賛。あまり怪しくない顔で、真久部さんはにっこり微笑んでくれた。


「何でも屋さんは、本当に食べさせ甲斐があるねぇ……。先日、お客様から栗をたくさん送っていただいたんですよ。一人では食べきれないので、こうやっていろいろ作ってみてるんです。栗入りパウンドケーキも焼いてあるから、よかったら後で持って帰ってください」


冷凍庫に入れておくとしばらく保ちますよ、と魅力的な提案。反射的に、是非! とうなずいてしまったけど、もらってばかりで悪いから、今度お礼になんかいい酒でも買ってこよう。酒よりも本当は、店番を請ける頻度を増やすのが一番喜ばれるとは思うけども──。


ぶるぶる。ちょいと不気味な慈恩堂、嫌いじゃないけどつい腰が引けてしまう。


「それにしても、真久部さんは煙管煙草をやってたんですか? 知らなかったです」


さっきの真久部さん、みょーに妖艶? だったなぁ。骨董古道具に囲まれて時が止まったみたいな店内で、それなり見目いい和服の男がまったり煙管を、っていうシチュエーションのせいだろうか。


「ああ、あれね……」


紅茶のカップで指先を温めていた真久部さんが口を開きかけて、ニッと唇の端を上げた。悪戯っぽい眼。


「聞きたいですか?」


「え……」


煙管煙草やってるやってないって、そんなに覚悟して聞かないといけないことだったかなー?


「いや、その──俺は別に嫌煙家じゃないし、必要なら吸うし」


慈恩堂の届け物を預かって客先に届けに行く途中、妙な道の迷い方したときとか。


「真久部さんが煙草のたぐいやってるの、見たことないから意外で」


いや、この人も必要なときに吸ってるのかもしれない。狐や狸もまず寄ってきなさそうだけど。


「それだけ、ですよ?」


あはは~、と一所懸命しゃべる俺を、真久部さんは何故か微笑ましいものを見るように見ている。なんでだ。


「大した話じゃないんですけどね」


そう言って、今度は海老せんべいを出してきた。う……あのいくらでもばりぼり食べられる、薄塩の趣深い味わいの──。にっこり笑って勧められ、つい、手が……。


「……」


ぱりぱりぼりぼり。魅惑の海老味。堪能してると真久部さんが語り出す。


「古い道具の中には、たまにはその用途で使ってやらないといけないものがあってね。さっきの煙管もそのひとつで──」



昔々、江戸は吉原に、今でいう高級娼婦、太夫がいた頃の話。

友達に誘われ、花魁道中を見物していた真面目な職人が、主役の太夫に一目惚れ。


昔話の途中で、つづく……。

昨日は活動報告を書いていたらこちらが間に合わなくなりました。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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