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たくさん遊べば 2017年12月2日土曜日の慈恩堂 9

「そ、そうなんですか。月日は百代の過客というのに、律儀なことですね」


なんとかそんな言葉をひねり出す。


「おや、なかなか物知りだ」


面白そうな顔をされたので、高校の古文で習いましたよ、と返しておいた。話し相手をしたお年寄りが教えてくれたりもするから、忘れてないよ、奥の細道。


「そうかね。覚えておくのはいいことだ。そう、禍に遭わないためにはね。それがいつ訪れるのか、ちゃあんと知っておかなくちゃ」


「……」


お茶、やっぱり美味しいね、と伯父さんは怪しい笑みで俺を縛りつけたまま、ゆっくりと茶碗を傾けている。立ち上る湯気。店の通路の暗がりで、何かが走り回るような気配がする。楽しげに、パタパタと追いかけっこでもしてるみたいに。


遠くの公園から風が運んできたような、そんな子供の歓声が、一瞬だけ聞こえたような気がした。


「──ああ、この店に来たのはよく遊んでもらっているようだねぇ」


ちらっと、そちらに眼をやった伯父さんが言う。


「ん? ……ふうん、そうか。今日は折り紙で遊んでくれたのか」


折り紙。その言葉に、一瞬心臓が飛び跳ねる思いがした。俺が無意識に折っていたらしいあの折り紙たち。そんなこと、伯父さんは知らないはずなのに。


「やっとお迎えが来たあの子に、お別れのしるしにみんなで持たせてやった──ふむふむ」


独り呟く伯父さん、怖いよ。──怖いのは、伯父さんの視線の先に、小さな子供の影が見えるような気がするからだ。いや、それは気のせい気の迷い。きっとそうに決まってる。俺、だいぶん疲れちゃってるみたいだなぁ。


つい小さく息を吐いていると、こちらを向いた伯父さんがまたにったりと笑った。


「何でも屋さんは折り紙が上手なんだってねぇ。何でも折ってくれるって言ってるよ」


「えーと。いやあ、ははは……」


何て言えばいい? 何て答えれば地雷を踏まずに済むんだろう? 今日あったことはそのままでいい。けど、それ以上の怖い話は聞きたくない!


「俺、話相手させてもらってるご老人方、折り紙得意な人多いんですよ。病気して入院したときなんか、教えてくれる人がいるとサークルみたいになっちゃうとか。そういうところで覚えたり、極めた人になると、より新しい折り紙作品に挑戦したり」


ウルトラ怪獣シリーズをライフワークにしてる人もいるし、ちんまりした印象の布留のお婆ちゃんが、新世紀な人型決戦兵器を折ってくれたときは仰天したよ。


「教えてもらっても、とても折れないくらい複雑なのもあるんです。そういうの、ここで店番するとき練習してみたりはするかなぁ」


帳場の抽斗の中に、折り紙入ってるし。


「今日もつい練習しちゃって。滅多にないお客様がうれしくて、その方に差し上げました。サービスで」


値引きとか勝手にできないけど、これくらいの範囲ならいいと思うんだよな。お客様サービス。


「ふぅん?」


面白そうに、伯父さん。


「今度は綾取りがしたいってさ」


「俺、ひとり綾取りだってできますよ!」


そう。俺一人で折り紙折って、俺一人で綾取りするんだ。だって、店番するときは俺一人だけだし。誰もいないよ、怪しい道具たちがあるだけさ。


「なかなか手強いね? 何でも屋さん」


また喉の奥で笑う。手強いって、何が? ──俺もにっこり笑っておいた。


「──魂は、人だけではなく物にも宿る」


飄々と、そんなことを伯父さんは語り出した。


「魂が生まれるのは、その生を遊ぶためだ」


生きることを楽しむ、それを遊び(ゲーム)という、と続ける。


「生きる上での喜び苦しみは、ゲームの楽しみだ。遊びを全うしたとき、魂は満足して帰るべきところに還る……奥の細道を覚えているなら、梁塵秘抄のこの歌も知っているだろう」


遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけむ

遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ(ゆる)がるれ 


不思議な抑揚を付けて、伯父さんは朗々と歌う。店の道具たちも聴き入っている気がした。


「生まれたにもかかわらず、その生を遊べなかったものは、行き場を失ってさまようんだよ」


「……」


「みんなが遊んでるのに、遊べない。そんな子は、どんなふうに感じると思う? ねえ、何でも屋さん」


 さみしい 寂しい さびしい

 寂しい 寂しい 寂しい

 さびしい~ さみしいよ~


耳の奥より心の奥に残る、あの声ともいえない声。

知らず、俺は呟いていた。


「寂しい……」


「そう、寂しいんだ。生を遊べなくて、寄る辺なくさ迷い頼りなく流離(さすら)ううちに──いつしか良くないものになる」


ニタリ、と伯父さんは唇の両端を吊り上げた。


「寂しいものたちは、寂しいから風に紛れて寄り集まり、年に一度、年の終わりの頃、最大になって木枯らしとともに吹きつける。この頃の風がことさら冷たく感じられるのはそのためさ。何処といって目的地は無い。彼らはそんなものを知らない。寂しさに追い立てられ、ただただ吹いて、吹き荒れて──そして、この辺りに吹き溜まる」


「……」


「寂しい風の、ちょうど通り道に当たるんだよ、この店は。今日、来なかったかね、何でも屋さん? 寂しいものたちが、入り口を開けて中に入れてくれと」


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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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