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たくさん遊べば 2017年12月2日土曜日の慈恩堂 8

「……」


俺は自分のお茶をずずっと飲んだ。なんだろう、何を遠慮してるっていうんだろう真久部さん。怖がらせるのを? いじるのを? ──そこ、突っ込むのはやめておこう……。


「とにかく、今日はもう来ませんよ。店の中も何でも屋さんもいつも通り。何を期待してきたのかはわかってるから聞きません。お茶を飲んだら帰ってくださいね」


「はあ……」


わざとらしく、伯父さんは溜息なんか吐いてみせた。


「冷たい甥だねぇ……そう思いませんか、何でも屋さん」


「いやー、ははは」


俺は帳場の時計を見る。閉店時間まで、あと十分。店の古時計たちは、真久部さんが帰ってきたら大人しくなると思ってたのに、俺一人のときとはまたちがう雰囲気を醸しだしている。わくわく、そわそわ──。


そういえば、この古道具の声が聞けるという伯父さんは、聞くだけではなく彼らと会話(・・)をするのだと以前真久部さんが言っていた。この人が来ると、店の道具たちが自分たちの話を聞いてもらえると期待して、変に華やぐから困るって。


だけど、古い道具たちとそんな形で意思の疎通をするのは、とても良くないことだとも言っていた。下手をすると命を取られるのだと──。


「お茶、もう一杯淹れてもらえないかね、何でも屋さん。二服めは、熱いので」


「伯父さん……」


「いいじゃないか。その子たちにも菓子をやってくれるますか? 甘いのがいいそうだ。私には両方。ああ、えび満月と芋満月。今はこういうのも個包装で、ぱりっと食べられていいねぇ」


当たり前のように、誰もいないところにお菓子を置くように言われる。いや、俺も今日は知らないあいだにココア淹れてたりしたけどね……。


ま、いいか。ここは慈恩堂、何かがどっかが少しずつずれながら、向こうとこちらに繋がってそうな場所。どこの向こうかこちらかなんて、考えちゃいけない。気にしちゃいけない。だから言われたとおり、何故か各種取り揃えてあるタマゴボーロの小袋を、いくつか皿にのせた。


タマゴボーロにイチゴボーロ、あずきボーロに乳ボーロ。スティックタイプなんてのもある。やさしい甘みがあってけっこう美味い。娘のののかも幼児の頃はこれが好きだったな、なんて思いながら、クッキーと○セイのバターサンドものせておく。


小皿に盛ったお菓子を見て眼を細める伯父さんの表情は、以外にも穏やかだ。それがこちらを見たとたん、悪戯っぽいものに変わる。


「今日はね、この甥っ子と骨董市でバッタリ会ったんだけど、知らん顔して行ってしまおうとするんだよ。酷いと思いませんか?」


「えーっと……」


助けを求めるように真久部さんのほうを見ると、むすっとお茶を啜ってる。


「どうせ、ペット(・・・)に骨董の精気を食わせるために市に行ったんでしょ? あの悪食鯉、ここでは絶対出さないでくださいよ」


ん? そういえば伯父さん、俺が鯉が苦手になった原因のあのループタイ、してないな。胸元が寂しいっちゃ寂しい。そんな俺の視線に気づいたか、伯父さんはニヤニヤしながら襟を少し開き、盛り上がった内ポケットを示した。え、そこに入れてるの?


思わず距離を取ろうとした俺に、伯父さんは笑いながら言った。


「大丈夫だよ、何でも屋さん。勝手できないようにちゃんと包んであるから。それでなければこの甥が、店に入れてくれるわけがない」


「当然でしょう。あの悪食にかかったら、薄い**まで喰い散らされてうちの道具が全部我楽多になってしまう」


古い道具の醸し出す空気? みたいなもの、俺の預ってる“御握丸”みたいに濃い~のは濃いけど、そうでないもののほうが多く、それにも濃淡があるらしい。いいのも悪いのも、薄くても悪食鯉は見境なく食べてしまうから、慈恩堂では出禁なんだそうだ。


「いやあ。今日はでも、お前以外が店番してるというなら、コレが役に立つと思ったんだがねぇ」


「店番は何でも屋さんで、きっちり指示を守ってくれる人だから、招かれざる客(・・・・・・)は店に入れませんよ。──自分でドアを開けられない客はね」


「……」


昼のアレのことかなー、そうなんだろうなーと思うけど、俺は黙して語らない。語ってたまるか、伯父さんを喜ばせるだけだ。──ただ、あの時は意味もなく怖かった……。そうさ、それだけだ。


「伯父の言うことは気にしないでください。とにかく何でも屋さんは大丈夫なので。でも気になるなら──ちょっと待ってくださいね」


そう言って、真久部さんは二階に上がっていく。待って~! 伯父さんと二人きりにしないで~!


「ここは場所、というか土地が悪くてねぇ、何でも屋さん」


甥の背中を見送って、古い猫のようににんまり笑いながら伯父さんは話しかけてきた。──閉店まであと五分、真久部さん早く戻ってきて!


「季節の客があるんですよ、毎年、この時期にねぇ」


ちょ、やめて、怖い話は! 何でそんなに楽しそうなの、真久部の伯父さん。猫が鼠をいたぶるような、ちょいちょい突いて反応を見るような顔。



真久部の伯父さん初登場は「秋の夜長のお月さま」

https://ncode.syosetu.com/n5750bw/89/

その一瞬前まで作者の頭に欠片も存在しなかったというのに、筆というかキーボードの向こうから唐突に現れて、驚かせてくれた人。


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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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