表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
166/415

ある日の真久部さんその後の<俺> 2017年6月 8

短いです。


「いや、きみのこと、ソレが気に入ったらしいのは昨日のことでわかってたんですが」


ようやく本当に真面目な顔に戻って、真久部さんは言う。


「ソレはが暴れるのは一応、ソレの刃の美しさ、鋭さ、鞘の見事さを褒めなかった者が、普通の肥後守のように扱おうとしたときだけだったんですよねぇ」


「いや、でもこれって肥後守……」


ちょっとした作業をするときのための小道具。竹とか固くない木を削ったり、邪魔な小枝を払ったり、鉛筆削ったりするとき使う、和式折り畳みナイフ──。


「釣りに行って、川魚を捌いた人には、褒められなくても普通に使われていたらしいけど」

「……」

「それを借りて竹細工の簡易湯呑みを作ろうとした人は、どうやってか利き手をぐっさりと……。このとき指を落としたりしなかったのは、その前に魚の身を切って機嫌が良かったからだろうねぇ」

「……」

「竹ひごなんか削ろうものなら、ほら、アニメのル○ンで石川五右衛門の末裔が吐く有名なセリフがあるじゃない?」


──また、つまらぬものを斬ってしまった


「そういう気分でやさぐれたのか、鞘の中に刃を仕舞いこんだまま出さなくなって、無理に出そうとした人の額を、こう一文字に──」


傷のわりに出血が多くて、(・・)が悪いと何度目かにまた売り払われてしまったわけですが、と真久部さんは呆れたように俺が手に持ったままの“御握丸”を見る。


ハッとして、俺は突っ込んだ。


「いや、それって“きる”の漢字が違いませんか?」


こんな小型の刃で、斬る、はないだろう、斬るは。


「何でも屋さん……、あんまりキルキル言うと、そこのランタンが趣味の悪い喜び方するからやめましょう」


何で斬るとか切るがいけないんだよ、と思いながら真久部さんの指さすほうを見たら、色付き硝子を使って絵を描いた古ぼけたランタンがあった。図案の帽子を被った外人のオッサンが、ニヤニヤしてるように見える……。あ! きる、ってKill? そういうこと?


眼を上げると、真久部さんがかすかにうなずいてみせた。──コメントは控えよう。


「そんなわけで、いい品なんだけど……骨董品なんだけど……と、誰かの手から手へと渡り歩き続けて百年余り。ここ五十年ほどはまともに使われることもなく、切れても使えない“切れんの守”から“麒麟の守”なんて呼ばれ敬遠されながら、やっぱりうちでも売り物にできなかったわけですがねぇ……。昨日は、ほら。何でも屋さん、純粋に心から褒めたでしょう?」


いや、本当に立派な刃だと思ったし。刃紋もきれいだと思った──だって、そんな曰くつきだって知らなかったし……。


「しかも、鞘の彫り物より刃のほうを特に褒めたでしょう?」


そうだったっけ?


「うれしかったみたいですよ。だからあんな悪戯したんでしょうけど」


真久部さんは小さく溜息をつく。いくら痛みを感じさせなくても、たとえすぐに傷を治そうとも、普通は何もしないのに切られたら怖がられるじゃないですか、と続ける。


「好きな子の気を惹こうとするような子供っぽいやり方ですが、あんな目に遭ったら、普通は怖がりますよ。でも、何でも屋さんは怖がる前に、自分の不注意だって言ったでしょう?」


「……昔、弟が指を切ったのと同じ状況で、同じような場所が切れたんで、ああ、うかつなことしたなーって、父に注意されたことを思い出したりして……」


あの瞬間は刃物怖いとかじゃなしに、刃物の扱いはやっぱり気をつけないとダメだな、と思ってぼーっとしてた。全然痛くなかったし。


そう言ったら、真久部さんが微笑った。


「そういう考え方だから、余計にソレ、いや“御握丸”は何でも屋さんのこと気に入ったんだろうねぇ……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ