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ある日の真久部さん 2017年6月 20

『あなたの街の何でも屋。ちょっとしたご不便ありませんか? そんなとき、お役に立ちます。まずはお試し!』と書かれた彼のチラシを思いだす。真久部が初めてこの慈恩堂の棚卸しの手伝いを頼んだときも、基本料金の八掛けくらいだった。


「そうなんですけど……」


やっぱりなんか気持ち悪くて、と彼は重苦しい息を吐く。


「ダメだよ、そんな弱気じゃあ」


真久部はわざとらしく腕を組んでみせる。


「この界隈の店は行き尽くしたって言いましたよね? うちが最後だと」


こくりと彼は頷いた。


「慈恩堂で刀剣を見た覚えは無かったから……たぶん無いんだろうなって思ってたので。でも、もしかしたら店に出してないだけで、倉庫の奥のほうに仕舞ってたりするかも、なんて……」


前にも、棚卸しを手伝ったときには影も形もなかった能の衣装が、次の店番のとき飾ってあったりして、驚いたことがあるし、と彼は続ける。


「真久部さん、いつも言ってるじゃないですか、人と物との縁を繋ぐのが自分の仕事だって。──今回の依頼人と、その人の探している刀剣、縁があるなら繋いでくれるかもしれない、って思ったんです」


だから、慈恩堂は最後の砦。──真剣な顔でそんなことを言うので、真久部はちょっと照れた気持ちになった。


「……まあ、元々無い物との縁は繋げられませんよ。今回は逆に切ったわけだけど」


ごほん、と咳払いをする。ふと目が合った鯉の香炉が、揶揄するように目を細めたような気がするので、後でヤツの一番くすぐったがる薫風鈴堂の高級香、『香十夜』を焚いてやろうと心に思う。


「ともかく。料金ぶんは充分働いたわけだから。もっと堂々と、毅然とした態度でいなくては。必要もないのに変な負い目を持ってたりすると、つけこまれますよ」


もう縁が切れたのに、いつまでもそっちを見ていると、視線に気づかれていらない縁がまた繋がってしまいますよ、と脅しておく。視線は線、線は繋がりに通じるからと。


「今こそ、いつものボケを発揮するところだよ、何でも屋さん」


「ぼ、ボケって」


「“気づいていることを気づかせてはいけない”。今回のことはもう、終わったことだとスルーすればいいんです。知らないふりは得意でしょう?」


うちで店番するとき、いつもやってることじゃないですか。そう言うと、彼はすっと視線をそらせた。──そこらへんは曖昧なままにしておきたいらしいので、真久部もそれ以上は突っ込まないことにする。


「えっと。じゃあ、あのお客の連絡先はどうすればいいかなぁ……」


下を向いて携帯を取り出し、彼は独り言のように呟いた。一応、彼もその電話帳に要注意顧客リスト、というものを作成しているらしい。どういう名称で保存しているのか、そこまでは真久部も知らないが、うちの電話番号はそこに入っていないといいな、とは思う。


「ああ、それはもう──」


削除して、完全に縁を断ったほうがいいですよ、と真久部が言おうとしたときだった。そのへんを気ままにひらひら泳いでいたあの赤い金魚が、すいっと近くに寄ってきたかと思うと、彼が手元で開いていた折りたたみ式ガラケーの、小さな画面に飛び込んだ。


 ぴちゃん


「わ!」


幻の水しぶきが飛び散るのを、真久部は見た。実際水が掛かったかのように驚いている彼に、そ知らぬふりでたずねてみる。


「どうしたんです?」


「いきなり待ち受けが変わって……え、金魚? 夏らしくていいけど、俺、アドレス帳開いただけなのに、何で?」


こんなの元々入ってなかったし、どっかからダウンロードした覚えもない、と唖然としている。驚きすぎて怖がる余裕もないらしい。


「え? あれ?」


金魚が底のほうに泳いでいってしまい、見えなくなったと彼は言う。


「一体どこへ……って、おわっ!」


彼の悲鳴とともに、金魚が携帯の画面から跳ねた。そのまままた店内を泳ぎ始めた金魚の、ほんの少し長くなった尾鰭を眺めながら、真久部は言う。


「待ち受け、元に戻ったんじゃない?」


「え、はぁ……」


底のほうに見えなくなった金魚が急浮上してきて、まるで飛び出すかに見えた瞬間、元に戻ったと彼は答える。


「な、何だったんだ……」


また誰やらの悪戯か、と知り合いの名を呟いていたが、それは真久部には聞こえなかった。まったくもう、とぶつぶつ言いながら携帯を操作していた彼は、またもや驚愕の声を上げた。


「え! あのお客の連絡先が、消えてる?」


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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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