表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
155/415

ある日の真久部さん 2017年6月 19

以降の仕事をお断りするにしても、連絡入れるの嫌だなぁ、とうつむいて溜息をつく彼に、真久部は言った。


「あちらから連絡が来ることは、もうないと思いますよ、何でも屋さん」


心配しなくて大丈夫です、と請け合うと、彼は顔を上げた。


「え? どうしてですか?」


そのほうがありがたいですけど、とかすかな希望を求めるように真久部を見てくるので、わかりやすく説明してやることにする。


「“糸”は、古い道具と親和性がある、そう言いましたよね」


「え? ええ」


さっき君にくっついていた“糸”を切ったとき、と真久部は続ける。


返る(・・)ついでに、君の近くにあった道具たちから、“糸”に近い、つまり呪に近い何かも一緒に連れていったんです」


「え!」


思わず、といった様子で、彼は店の中に目をやった。


「……」


絶句している彼の視線の先には、ごつい枠の五玉算盤、羽子板のように細長い持ち手付きの長方形の盤を、硬貨を数えやすいように細かい格子状に区切った銭枡、簡易小型金庫ともいえる銭箱と、真久部が苦労して細い組み紐を通してまとめた古銭の束がある。


それらは帳場、現代でいうレジで使うための道具たちであり、この店で実際真久部が使っている帳場格子より小ぶりのものを、他の道具と隔てるために置いてある。


先ほど真久部が彼の背中を叩いたとき、最も近い位置にあったのがそれらだが、一番にそこに目が行くあたり、彼もなかなか勘が鋭いと真久部は思う。彼の苦手な鯉を模った大きな横木が、そのすぐ傍にどーんとのさばっているというのに、今は帳場セットのほうが気になるようだ。


「──まあ、店で扱うにしては少々毒が強かったので、ちょうど良くなってありがたいといえばありがたいですが」


妙にぬめったような艶があったのが、ほどよく落ち着いて今は良い感じになっている。あれなら買い手との相性を気にせず、安心して売ることができそうだ。


「……!」


視線をそらせようとして、今さら鯉の横木に気づいたのか、彼は一瞬目を瞠り、もう店内は見まいというように手元に目をやった。が、そこで左手の絆創膏に気づいたのだろう、ぎこちなく顔を上げる。真久部と目が合い、なんとか笑みを浮かべようとしたらしいが、見事に失敗していた。


「これまでもね」


それに関しては知らないふりをしてやることにして、真久部は茶こぼしを取り出した。冷めてしまったお茶と、急須に残った茶殻をそこに捨て、新しい茶葉で淹れ直す。


「君が、探しに行った古道具屋の画像を付けて報告メールを返すたび、その店にあった古い道具の、ちょっとよくない成分、といっていいのか、そういうものも幾許(いくばく)かくっついていったはずだよ。呪と似たところのある成分が」


蒸らしの終わった茶を注ぎ分け、黙ってしまった彼に勧める。自分も茶碗を手に取って、真久部はゆっくりと喉を湿した。


「……ごく薄いものだろうけどね。それだけでもあちらにはダメージがあったはずだけど、今日のはねぇ……。言いたくはないけど、うちの店のものだし──」


帳場セットのほかにも、嬉々として“糸”に絡みついて行ったやつがいる。それはほんの指先だけのようなもので、本体(・・)はもちろん残ったままだ。が、“糸”のように繋がっているわけではないので、以後こちらに何らかの影響があるということはない。ほんの少し何かが薄まった、というだけだ。


「しかも、店のど真ん中で切っちゃったしなぁ……」


「やっぱり、その、外でやるより──ついていきやすいですか?」


「そりゃあねぇ」


ぎゅーっと引っ張ったゴムの片方を離すと、すごい力で戻ってくるでしょう、と真久部は言った。


「君にくっついた“糸”に、うちの店の道具たちの、呪に似た良くない部分が惹かれて繋がろうとしたから、綱引きみたいになって。そこを切ったものだから、“糸”に絡みついたぶんが一緒に戻っていったんですよ、ぱっちーん! と」


「い、“糸”の切れ端みたいなものはこっちに残らなかったんですか?」


「残らなかったねぇ。くっついていったほうが多いから」


「……」


「あちらは今、安定(・・)させるのに大童(おおわらわ)、というか、必死になってるはずです。──だからね、もう二度と君にかかわってくることはないでしょう」


むしろ避けるというか逃げるはず、とにっこり笑ってみせると、引きつった笑みを浮かべて彼は頷いた。


「そうそう、銀行口座番号。まだ教えてないですよね?」


「ええ。それは今月いっぱい心当たりを探してからと思って……」


「さすがは何でも屋さん。勝手に入金され続ける危険もなきにしもあらずでしたが、誠実であることが身を助けましたね」


この期に及んで、向こうもそんな危ない橋を渡るとは真久部も思わないが、その危惧はあった。


「……でも、今月ぶんはもらってしまいました」


手渡しで。と彼は言う。聞いてみると、彼がたまにポスティングしている何でも屋のチラシを見た、と依頼の電話があり、打ち合わせは相手の指定により駅前の喫茶店でしたそうだ。


「対価としての仕事は、きっちりこなしたでしょう? 昔話の男が手にした手間賃と同じで、それは正当な報酬ですよ。だいたい、初回はいつもサービス価格でしょ?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ