ある日の真久部さん 2017年6月 13
※2017年10月21日、ちょこっと訂正。「自分で仕掛けておきながら」の「自分」が、真久部さんか彼のことなのか、分かりにくいので。あと、「肩を垂れる」。垂れるのは首だったり項であって、肩は落とすものなのに……。疲れてますね。「肩を落とす」に訂正しました。ついでにちょこちょこ変えたところはありますが、葉っぱの部分なので話の筋には何の影響もありません。
「え?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。予想通りのその反応に、真久部はつい吹きだしそうになったが、気合で何食わぬ顔を保った。彼からしてみれば、これは笑い事ではないのだ。
「老人の作った呪物は置いておくとして」
「え? はい」
「一級の呪物というのは、丹念に織り上げられた布に似ています。複雑な模様を描く、その経糸と緯糸の織り目が呪物の本質。解くのは無理です、完成した呪物には緩みもほころびも無いので」
「はあ……」
「だけど経年劣化というのはあって、作られてから長い年月が経つと固かった織り目がゆるんでくる。見えないほつれが出る。そこからかすかな糸尻を見つけて、そっとそーっとようやく引き出した一本、それを──」
話の繋がりが見えないらしく、彼はぼーっと聞いている。やっぱりこの人は危機感が薄いなぁ、と思いながら真久部は続けた。
「例のタチの悪い顧客が、何でも屋さんにくっつけたんですよ」
それを聞いてさすがにぎょっとしたらしく、彼は慌てだした。
「ど、どこに?」
肩? 背中? と言いながら、埃を払うように忙しく手を動かす。
「もう切れちゃいましたよ。ほら、さっき僕が君の背中を叩いたら、バチッとしたでしょ?」
「あ、あれが?」
真久部は頷いてみせた。
「そこにあるのだと、きちんと意識していれば断ち切ることの出来る程度のものなんだよ。それくらいでないと、糸をくっつけた相手がすぐに使い物にならなくなってしまうから」
「つ、つかいもの、って」
どういう意味? と彼は呟いて、それなりに怖い考えに至ったらしく、健康的に陽に焼けているはずの顔色が、またもや悪くなってくる。
「ご本人が全く気づいてなかったのが厄介でしたけど、まあ、手っ取り早く叩いてみたら簡単に」
でもちょっと痛かったなー、と呟いてみると、軽く混乱していた彼はハッと我を取り戻した。
「す、すみません!」
「大丈夫ですよ。怪我するほどのものでもないし。繋がってる回線を切ったら火花のひとつくらい散るものでしょう」
両手を振ってもう痛くないアピールをすると、彼はホッと落ち着いたようだった。やれやれ、と真久部は内心苦笑する。
「だけどまあ、これが強い力を持つ呪物の呪いを解くための、一番手っ取り早い方法なんですよ。昔話の正直な男は呪を結ぶために動かされたけれど、何でも屋さんは逆に、呪を解くために動かされていたと、そういうわけです」
「──本当に知識なんて必要ないんですね。術者の“操り人形”でありさえすれば……」
がっくりと肩を落とすのへ、いやいやどうして、と真久部は否定してみせる。
「本当にただの操り人形ならば、老人の思惑通りに男は贈り物のどれか、あるいは半数を自分のものにしていたし、何でも屋さんは何でも屋さんで<探しています詐欺>をしていたはずですよ。──あちこちの骨董古道具屋を探してるんですけど、いやー、なかなか見つかりませんね~、なんて揉み手をしながら愛想笑い、労せずして毎月数万円をゲット」
「そんなことしませんよ……」
「そう。正直な男は実直な宅配屋さんだったし、何でも屋さんは誠実な仕事ぶりを発揮した」
疲れたように項垂れる彼に、そう言ってわざと意味ありげに眼だけで笑ってみせると、「な、何ですか?」と無意識に尻をいざらせ真久部から離れようする。座布団の後がなくなって、慌ててその場にとどまりおどおどとこちらを窺う彼のその姿を見て、そんなに怖がらなくても……と、自分で仕掛けておきながら、真久部はちょっと切なくなった。
「ほら、さっき言ってたでしょう、何でも屋さん。探しに行った店舗の外観をわざわざ携帯のカメラで撮って、店の詳細情報と一緒にメールで報告してるって」
「え? はい……」
「それ、顧客の注文じゃなくて自主的にやってるんですよね?」
「そうですけど……」
「それ、あっちは困ってるはずですよ──。こちらからまめに連絡入れるので、そこまでしていただかなくてもいいんですよ、みたいなこと言われてない?」
「……どうして分かるんですか? 真久部さん」
不思議そうに彼は訊ねてくる。
「だって、その顧客は自分から連絡を取ることによって、君に糸を絡めてるんだもの。手元にある呪物からほどいた、呪の糸を。君はそのための杼、織物で言うシャトルだよ。この呪物の糸はどうやら古い道具と親和性があるみたいだから、そういうのを置いてる店を回るように仕向けたんだろうけれど、君は毎回返してくる」
「返す、って……?」
「シャトルに任せて運ばせて、よその場所、量も質も全く違うけれど、呪と多少は似た気配の品物の集まる古道具屋に糸をくっつけなすりつけ、呪を少しでも薄めるつもりが、毎回君がその場で店の写真を撮ってメール報告してくるものだから、ある程度呪が戻ってきてしまうんだよ。全部ではないにしろ、ね」
これが君の無意識の反撃だったんですよ、と言うと、彼はあんぐりと口を開けて真久部を見つめた。