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双子のきょうだい 10

兄ちゃんのにおいがしたから、とあの子は言った。「しらないひと」に連れ去られた兄ちゃんの匂いを追いかけて、「はしって」きたのだと・・・



――犯人、というか、犯人たちは、最初から売り飛ばすつもりで<あの子>を攫って行ったんです。何というか・・・そう、由緒正しい古いお家で、ずっと大切にされてるような、そういう<子>が、よく狙われるんです。高く売れるから



「もしかして、店主の言ってたのって<人身売買組織>、じゃなかった、のか?」


思わず、宙を見つめてしまった俺。・・・でっかい鯛を抱えた恵比寿像と目が合ってしまった。



――攫われたのを、保護しただけです。見つけるのがもうちょっと遅かったら、売り飛ばされてるところでした



蘇る慈恩堂店主の言葉。あれは・・・あれは古美術品を盗んで売る、盗品売買組織から危機一髪で取り戻したってことなのか? 


由緒正しい家でずっと大切にされていた、つまり、代々受け継がれてきた、<阿形>の狛犬を。


「ないないないないない!」


無意識に首を振っていた。振りすぎて痛い。けど、一体誰に対して否定してるんだ、俺。・・・多分、きっと、おそらく、自分自身に対してなんだろう。


だってさ。

だって、そうだとしたら。


あの双子の男の子たちは、ヒトじゃなくて、狛犬の精? 化身? てことになるじゃないか!


・・・

・・・


見た目四、五歳とは、代々大切にされてきたという狛犬にしては、若作りだな!


・・・感想がそれか、俺。


自分自身に、脱力。凄く不思議な体験をしてしまったかもしれないというのに、そんなことでいいのか?


「いや、いやいやいや」


また独り呟く俺。端から見たら絶対アブナイ人だが、そんなことはどうでもいい。


これはつまりアレだ。「晴れ時々曇り後晴れ」みたいなもんだ! 晴れと曇りが分かちがたく入り交じった空模様のように、俺の中で夢と現実が入り交じってしまったんだ。いわば、脳内に描かれた映像と認識と現実の記憶の混線だ。


夢か現か幻か。どうやって区別をつける?


やっぱり、慈恩堂の店番仕事は、ヤバイ。油断すると睡魔に憑かれ、気づかぬうちにハッピービターバッド・トリップ。ヤクはいらない。素で飛べる。行きたくもないアナザー・ワールド、鬼が出るか、蛇が出るか。蛇? 蛇腹・・・


「腹、へった・・・」


しょーもない連想でやっと思い出したが、昼飯時はとっくに過ぎている。忘れていたことを責めるかのように、胃が悲しげに鳴いた。


あーもう、考えてもしょうがない。店番の仕事は、今度から断ることにしよう。そうしよう。


固く決意して、用意されてた弁当を見たら。


「わあ・・・」


保温容器に入れられてたご飯はふっくら、煮物、焼き魚、天麩羅は熱々。

保冷容器に入れられてた刺身は元々よほど新しかったとみえ、ぴんぴんのつやつや、レタスを細かく千切ってスライスオニオンと細かく切ったトマトで和えたサラダはしゃきしゃき、胡麻豆腐、卵豆腐はひんやり、デザートの苺ゼリーはぷるんぷるん。


両手に蓋を持ったまま、しばし固まり・・・


「こんな弁当食べられるなら、ちょっとくらいホラーな目見るくらい、いいかも・・・」


水に浮かべた泥船のように、固かったはずの決意がぼろぼろと崩れていくのを感じる俺だった。




おわり。



飯粒の一粒も、レタスのかけらすら残さず弁当を食べ終え、やたら幸せな気分で高級煎茶を啜っていた俺は、どうしてか、ふと一幅の掛け軸が気になった。画ではなく、書だけのもので、あまりに達筆すぎて読めない。


なのに、何故かその時、いきなり楷書体になったかのごとく、唐突に読めたのだ。


美味なるもの 能く人を御す


・・・

・・・


慈恩堂店主、あんた、策士だよ・・・


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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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