お地蔵様もたまには怒る 5
ちょっと短いです。タイムアウト。
また2ポイント増えてました。ありがとうございます! がんばります。
そう言って、怪しく微笑んだ顔を思い出す。どういう意味なんだろう……。
……
最初はさ、断ろうとしたんだよ? 午後からも何やかんや他の仕事が入ってたし。──だけど、珍しいことに、何でか全部キャンセルになったんだよな……。
話し相手に行くはずだった松井の爺さんからは、急に孫が遊びに来たって弾んだ声で連絡があったし、買い物代行を頼まれてた不破のお婆ちゃんからは、隣の人が車で大型スーパーに出かけるついでに連れて行ってもらえることになったって、すごくうれしそうな断りの電話が入ったし……。
真久部の伯父さん、何かした?
でも、どうやって……?
……
……
ま、まあ、あんまり考えないようにしよう。こういうの、考えても意味が無いって俺知ってる。特に慈恩堂がらみの場合は──いや、今回はあっち関係ないけど。
涎掛けを奉納し終え、指示されてないけど持ってきたあんパンと線香を供える。眼を瞑って手を合わせると、シャン、という鈴の音のような音が聞こえたような気がした。
……?
目の前には、古いお地蔵様。掘り込まれた衣の線の風化具合が長い歳月を感じさせる。真新しい涎掛けの赤い色が、白っぽい石の肌に映えて──。ってさ、これってやっぱり真久部の伯父さんのお手製なのかなぁ……? フリル付きなんだけど。サイズもぴったりだし。
同じお手製でも、甥の慈恩堂店主真久部さんが縫ったのはごくシンプルなものだった。俺を<悪いモノ>から護っていただいたお礼に、手妻地蔵様に奉納したやつだったんだけど。
可愛らしいひらひらは伯父さんの趣味なのか、それとも意味があるのか。何にせよ、器用だな、骨董品関係者って。甥の真久部さんなんか、ギターの修理もちょっとくらいなら出来るって言ってたし。
あの人たちすごいよなー、なんて思いながら、俺は立ち上がった。涎掛けの奉納は終えたし、線香も供えた。やることやったし帰ろうか。
ゆらゆら立ち上る線香の煙の向こうで、お地蔵様は変わらぬやさしい微笑みを浮かべてる。それを見て、俺もちょっとにっこり笑ってみた。微笑み返し。それから、もう一回手を合わせてお願いした。──この近くの、長期出張中の顧客宅に空き巣なんかが入ったりしませんように。泥棒退散。
マーブルチョコの空き筒に入れた線香と、百円ライターを腰のポーチに仕舞いながら歩き出す。ふと視線を感じて振り向くと、さっきまで無人だった路地の向こうに誰か立ってる。中年の男性だ。何だろう、じっとこっちを見てる? あ……あっち行った。ちょっと変な感じだな……。ん? もしかして、このご近所さん? ウチのお地蔵様に余所モンがおかしなことしてるって思われたのかな?
いやいや、俺、地蔵泥棒とかじゃないですからね!
心の中で弁解してると、シャン、とまた鈴の音が……なんだ、娘のののかにもらったキーホルダーの鈴か。びっくりしたよ。家の鍵はキーホルダーに付けてジャケットに──って、あ! いけないいけない、真久部の伯父さんから頼まれたことをひとつ忘れるとこだった。
俺は慌てて鍵と反対側のポケットに入れていた包みを取り出した。中身は古ぼけた石の茶碗、といっても小さいものだけど。涎掛けを奉納した後、これをお地蔵様の前に置いておくように言われてたんだよな。危なかった……。鈴のお蔭で思い出せて良かったよ。ありがとう、ののか!
えーっと、供物を置く場所よりも奥に置くように──、なんだか「月々に月見る月は多けれど」ってやつみたいだな、詠み人知らず。じゃあ、置く場所より奥に置く、は詠み人真久部の伯父さんになるのかな? 奥を措くとて臆しても擱くな送るな置くを忘るな、なーんちゃって。よし、あんパンの向こうに置いて、と……。
ん?
立ち上がろうとしたら、背中がずっしりと……。な、何だ? いきなり地球の重力が増えたとか、俺の筋力が落ちたとか? そんなわけ……。あ、さっきのしょうもないオヤジギャグがお地蔵様の気に障った?
すみません、お地蔵様。ごめんなさい。悪気は無かったんです、っていうか口に出してないのに厳しすぎませんか……?
いきなりのことに訳も分からず地蔵堂の前に立ち尽くす。
──臆さずに奥に置いた石の茶碗が、午後の日差しを受けてやたら光って見えた。