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お地蔵様もたまには怒る 3










チンとんシャンのラーメンは、美味かった。


シンジの言ってたとおりだったよ。スープがとろけるんだ……。麺は癖になる噛みごたえで、絡んだスープと絶妙のデュエットを奏でる。チャーシューも、これぞ肉! って感じで弾力があるのに、噛むとほろほろ崩れて、もういくらでも食べられそう。


こんなに美味いのも驚きだけど、お値段たったの五百円、というのにも驚いた。ワンコインだよ、五百円。嘘だろ? と思ったけど、真久部の伯父さんが二人ぶん千円札出して、それで終わりだったから本当に一杯五百円なんだ。


──自分のぶんは自分で出すって言ったんだけど、「年長者に恥をかかせるつもりかな?」とにっこりされたら、「ごちそうさまです……」としか答えようがないじゃないか。


チンとんシャンの店主は、五十がらみの頑固親爺、とかならありそうなんだけど、えらく優しげな感じの人だった。まだ若い──三十代くらい? 色白で、ラーメン屋の親爺っていうより保育園の保父さんみたい。


真久部の伯父さんと何か話してたみたいだけど、次の客が入ってくるとカウンターに戻った。店を出る時、俺がせいいっぱい「すごく美味かったです。ごちそうさま!」って声を掛けたら、にこっと笑ってくれた。真久部の伯父甥コンビとは違う、癒される笑顔だ。


「初めて店が開いてるとこ見ました」


俺は満足の溜息とともにこぼした。熱いラーメンのお蔭で、腹があったまってほこほこだ。


「おや、そうかい? 私が来る時はいつも開いてるんだがね」


「真久部さん、あの店の常連なんですか?」


ここを生活圏にしてる俺ですら、営業中のあの店を見たのは初めてなのに。


「まあ、そうだね。あの子と一緒に来ることもありますよ」


え! 慈恩堂店主の真久部さんもチンとんシャンのラーメン食べたことあったんだ……。そういう話、しなかったから知らなかったよ。


「──あんなに美味しいのに、どうしてたまにしか店開けないんでしょうね。行列が出来ること受けあいなのに」


んー、でもあの味と品質で五百円だと、却って赤字になっちゃうかなぁ。人雇わないといけなくなるだろうし、店も狭いし。


「あの店は、趣味みたいなものだろうねえ」


真久部の伯父さんが言う。


「原価のほうが高くついてると思いますよ」


「えっ!」


なんか、趣味としても究極の趣味。ぎりぎりでも利益出してると思ってた──せめて一杯百円くらいは。それでも趣味にしかならないか。十人の客でやっと千円の利益だとすると、ここのラーメン二杯分の儲けにしかならない。あと八杯分は損。何にせよ、店の維持費にすらならないんじゃあ?


「維持費、ね……」


真久部の伯父さんは、くすり、と笑った。


「ねえ、何でも屋さん。迷い家って知ってますか?」


「へ? まよいが?」


「ええ」


何だろう、まよいが、って。


首を捻ったけど、俺の反応をじっと伺う真久部の伯父さんのキラキラ笑顔を見てると、俺が訊ね返すのを、今か今かと前のめりに待ち構えてるみたいで……。


……

……


やっぱり聞くのはやめておこう。だってこの人、慈恩堂店主と同じ人種だし。俺を怖がらせるのを好むあっちの真久部さんより、さらにタチ悪そうなところがまたコワイ。俺、蛾はあんまり得意じゃないんだよな、何故かこっちに向かって飛んでくるし。


「知らないですけど、多分、知らなくていい虫の話だと思います」


ラーメンの原価とか店の維持費の話から、何で蛾の話が出て来たのか分からないけど。


「虫?」


「蛾の話でしょう?」


「蛾……」


何故かしょんぼりしてしまった。そんなに蛾について語りたかったのか、真久部の伯父さん。


「迷い蛾はともかく、趣味で店を開くとしたらきっと持ち家なんでしょうね」


あの店の隣のテナントは、何が入ってもすぐつぶれてしまうけど、煤けた板地に書かれた<チンとんシャン>の看板だけはずっと変わらないんだよな。あの駅前五階建てビルのオーナーだとしたら、そんな酔狂も出来るのかもしれない。立地はいいんだし、他に入ってるテナントから高い家賃が取れそうだ。


「税金対策かなぁ……?」


俺が借りてるあのボロビルも、家主の友人は税金対策で購入したものだって言ってたし。


「まあ、何でもいいですけど。あんな美味いラーメンを食べさせてくれるんだから……」


今度またいつ食べられるか分からないけど、まさに一期一会の味だよ。後ろを振り向いて、ごちそうさまでした、と拝んでおく。──いつか、娘のののかと一緒に食べられるといいなぁ、チンとんシャンのラーメン。ついでに元妻と、おまけで元義弟の智晴も。


「何でも屋さん……」


そんな俺を、真久部の伯父さんは何故か複雑そうな顔で見ている。──ちょっと恥ずかしくなった。俺、何やってるんだろ。


「いや、その。趣味でもなんでも、あんな美味いラーメンをタダ同然で食べさせてくれるなんて、有り難いなって。そんなのまるで仏様みたいじゃないですか。だからせめて拝んでおこうかなー、なんて。はは。今日は誘ってくださってありがとうございます、真久部さん」


「……」


「気分で店を開けたり開けなかったりするラーメン屋の店主って、凄い頑固親爺なイメージがありましたけど、あの人はまるで保育園の保父さんみたいに優しげで、子供とか好きそうですよね。いい意味でイメージ裏切られましたよ……真久部さん?」


何で肩を震わせてるんだろう? ──もしや、年寄りなのにラーメンみたいな油っこいもの食べて、具合が悪くなった?




vgfgv

最期の vgfgv はお茶を淹れにちょっと席を立ったら、猫が勝手に入力(?)してました。面白いので記念にそのまま。じっと見てると何かのゆるキャラに見えなくもないという。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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