仏像の夏 もうひとつの結末
「あなたの見た仏像、お茶目ですよね。そう思いませんか?」
「……」
許してもらうための行動すら許してくれないっていうのは、お茶目なんだろうか。お茶目のひと言ですませてしまっていいもんなの?
「あ、あの……ちなみに、罰ってどんな感じの……?」
お茶目どころか、どんなに目を凝らして覗いてみても底の見えない怒りというか、地割れが起こる前に不気味に響く地鳴りのような憤怒というか、ものすごく恐ろしいものを感じ、ますよ?
青くなっている俺に気づくつもりもないのか、店主はごく普通の顔で教えてくれた。
例えば。
何もないところで転んで歯を折る。
晴れた日、外に出たとたん豪雨に。酷い風邪を引き込む。
毎朝必ず鳥に糞を落とされる。
夜毎悪夢に魘される。
どこからともなく小石がぱらぱらと降ってくる。額に直撃して出血。
道を歩いていると何故か大安売りの幟が飛んできて顔に巻きつき、窒息しそうになる。
咳をしたらぎっくり腰に。
吊り橋を渡っていると突風に煽られ、揺れて川に落ちるが奇跡的に助かる。
寝ている部屋にトラックが突っ込む。
人と同じものを食べて自分だけ食中毒。
猪に追突され、尻に牙が刺さる。
自分以外誰もいないのに、いきなり背中を押されて階段落ち。
鏡を見ると、背後に人の影が。振り返っても誰もいない。耳元で笑い声が響く。
寝ている時、髪や手、足を引っ張られて目が覚める。もちろん他に誰もいない。
などなど、エトセトラ、エトセトラ。
「とにかく、全身傷だらけらしいですよ。あと、味覚が失われて、なにを食べても味が分からなくなってるという話です。このままじゃ死ぬ! ということで、必死になってかつて自分が盗んで売り飛ばした仏像を探してるんですが……」
店主の口元が不気味に歪む。
「多分、見つからないでしょうね。──彼の命が尽きるまで」
仏像の怒りはそれほど深い。店主は真顔でそう言った。
長時間エアコンの効いた部屋の中にいた、というだけではない身体の冷えと背中の強張りを堪えつつ、いとまを告げる。怖い。仏像の怒り怖い。──俺が見つけたあの小さな仏像の、お顔はとても穏やかだったと思ったんだが。
「見る者によるんですよ、きっと」
俺のつぶやきに、店主が応える。
「そういうものなんでしょうか……」
そりゃ、俺は拾ったらとりあえずお寺に持って行こう、とは思ったけど、金になるならどこかに売ろうとか、そういう考え、意識の端にすら浮かばなかったな。
「そういうものですよ、ほら!」
店主は道の角を指さした。凌霄花の枝が塀から伸び出し、道路にささやかな蔭を落としている。
「あそこに何が見えますか?」
「え? ああ、着物姿の女の人が立ってますね。日傘で顔は見えないけど……あんなところで待ち合わせでしょうか?」
暑いでしょうにね、店主にそういってもう一度そっちを見ると、女性の姿は消えていた。
角を曲がって行ったんだなー、とぼんやり思っていると、店主が声を掛けてくる。
「ほらね?」
「え、何が?」
そう答えると、店主は何故かずっこけていた。何に躓いたんだろう?
それから数ヵ月後の、ある秋の日。
その朝、俺はまた伝さんと散歩をしていた。公園の外れのお地蔵さんに挨拶、しようとしてふと違和感に気づく。
あれ? ここのお地蔵さん、一体だけだったはずだよな。近所のお婆さんがいつもきれいな涎掛けを掛けてあげてる。その隣にちんまりとたたずんでらっしゃる、あの小さな姿は……もしかして、あの夏の日に出合った仏像じゃあ?
……
……
仏像は、お地蔵さんといっしょに穏やかにほほえんでおられた。