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秋の夜長のお月さま おまけ 前編

朝の布団の離れがたさは、気温の低さに反比例する。

蓑虫に生まれ変わりたい願望と戦いながら、なんとか起き上がり、着替える。


この季節になると早朝の空は暗い。深い海の底みたいに……なんて詩人ぶりつつ朝の用を済ませ、居候の三毛猫に餌を入れてやってから、自分のメシを作る。コンクリート打ちっぱなしのこの建物は底冷えするから、朝は温かいものが必須。お椀に顆粒の鰹出汁と昆布出汁に味噌を適当に加え、乾燥ワカメをひと摘み。熱湯を注いで自家製インスタント味噌汁の完成。


タイマーで仕掛けておいた熱々のご飯と目玉焼き、味噌汁。顧客さまに頂いた蕪の糠漬けを加えると、贅沢な気分。


さて、今日も頑張るぞ!





犬の散歩に落ち葉掻き、樋掃除。昼飯を早めに食べて、次は買い物代行。駅前にちんまりある本屋まで図書券と本、雑誌を買いに行く。


ぷらぷら歩いて駅前まで来ると、ちょうど電車が着いたばかりだったらしく、駅舎からぱらぱらと人が出てくるところだった。昼間のこんな時間だから少ないなぁと横目に眺めていたら、大きな荷物を抱えてよろよろしているお年寄りがいた。気になって見ていると、舗道の段差に躓きそうになっている。


「大丈夫ですか?」


トシ取ってからの足の怪我は恐ろしい。思わず走り寄って声を掛けると、わりと軽やかに乗り越えたお年寄りは荷物を地面に置いて息をついていた。


「いや、ちょっと引っ掛けただけなので──」


お気遣いありがとう、と顔を上げる。綺麗に手入れされた白い髭、長めの白い髪。この人、なんだかお洒落な仙人みたい……。あっ!


「サルミアッキ……」


「え?」


サルミアッキを食べた人みたいな顔をしてたのは慈恩堂の店主。


「おや……あなたは……」


そんな顔をさせたのはこの人。


「いえ、何でもありません。大丈夫ですよ」


悪戯っぽい、面白がるような瞳。あの日、イノシシのせいで止まってた電車の中で会った人。忘れさせたつもりだろうけど……。


「電車の中で、俺にデコピンしてきた人でしょう? 覚えてますよ──真久部さんの伯父さん」


見開かれた眼は、良く見ると片方が榛色。


「──驚いた。そうか、あれはあの子の店の荷物でしたか」


あの子ってトシでもないだろう、とちょっと呆れていると、面白そうに笑いながら、店員さん? と聞かれる。俺は慌てて首を振った。自分は何でも屋で、あの日は荷物運びを頼まれただけだとしっかりはっきりきっぱり答える。


「今日は慈恩堂に? それなら駅の改札出口、逆ですよ」


そう言うと、真久部さんの伯父さんは、え? という顔で周囲を見回して苦笑いした。


「うっかりしてました。ここにはあまり来ないのでね」


あの子が嫌がるから、とちょっと寂しそうだ。


「少しなら時間があるので、お送りしますよ。荷物……重いですね」


大きめの旅行鞄は、何が入っているのかやたらに重量がある。背負えばそうでもないけど、持つとけっこう辛い、そんな重さ。


「いや、悪いよ」


「真久部さんにはお世話になってますし。それに──、先日は何か助けていただいたようですしね」


あの自在置物を起こした(・・・・)ことを暗に仄めかす。


「いやあ、はは……その様子だと、ちゃんと備えはあったようですね」


あの子が用意したんなら、手抜かりは無かったでしょうねえ、と伯父さんは笑う。


「そのあたりのことは、真久部さんに聞いてください──。えーっと、ほら。改札こっち側に出ちゃったときはそこ通るんですよ」


あんまり聞かれたくない俺は、自転車置き場の向こうに見えるトンネルを指差しながら荷物を持ち直した。


「ありがとう……悪いねぇ……」


「いえいえ」


なんて軽くしゃべりながら歩いて行く。タクシー乗ってもすぐ降りないといけないような距離だから大してかからないけど、この荷物は重いわ。


それにしてもこの人、お洒落だなぁ。甥の真久部さんの冬のファッションは服の下にらくだのシャツだけど、伯父さんはヒートテックとか着てそう。襟元も紅葉を図案化したみたいな色合いの、洒落たスカーフで……。ん?


「そういえば、あの日は立派な鯉のループタイしてらっしゃいましたね」


最初鯛かと思いましたよと言うと、尾ひれの形が違いますよ、と笑われた。


「アイツはね……。ついに竜になれるかと思ったんだが、まだまだのようだね」


運が無かったなぁ、なんて溜息をついている。


「そ、そうなんですか」


うっ、俺の馬鹿。どうして危ない話題を振って……。


「せっかく“最終オーディション”まで残ったのに、私は訪ねる予定の友人から迎えに行くとメールが来てねぇ。本当にもう少しだったのに、連れて行ってやれなくて。本当に運の無い……」


愛煙家の友人はヤニ臭いから、そいつと一緒にいることになる私は敬遠されたんでしょう、とさらっと何でもないことのように言う。


「あなたは、あれからどうでしたか?」


悪戯っぽい瞳。真久部さんと似てるけど、何がどうでどこがどうか分からないところで何かが違う。真久部さんもアレだけど、伯父さんはもっとこう……好んで深淵を覗きに行くような……。


「あなたの運んでいたモノは、きっと立派な竜に成れたんでしょうね?」


待ち望んだ深淵の底の底を覗き見たように、ニッタリ笑う顔が怖い。真久部さんの読めない笑顔よりもっと怖い。

続いてしまいました。

ポイント、ありがとうございます。励みにしつつ、続きを書きます。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もこっちの<俺>も、元はみんな同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『俺は名無しの何でも屋! ~日常のちょっとしたご不便、お困りごとを地味に解決します~(旧題:何でも屋の<俺>の四季)』慈恩堂以外の<俺>の日常。
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