第二話 学園長②
兄さんも連れて来いか。学園長にそう言われた後、俺たちは教室に戻って授業を受けていた。
菫は涎を垂らして寝ている。可愛い寝顔だな。
☆☆
学校が終わり、帰途についた。
家の前に着くと、ポケットから鍵を取り出し、ガチャッガチャッと音を鳴らしてドアを開けた。
玄関先で靴を脱ぐと、リビングへと向かう。
「やあ、氷河。お帰り」
兄さんはソファーに座り、テレビを観ていた。
「ただいま。兄さんちょっといい」
「何だい?」
俺は昼休みでのことを兄さんに話し、学園長に言われたとおり兄さんを誘った。
「そうか。暇だったからね。行くよ。学園長と会うのは卒業して以来だからね。楽しみだ」
俺は二階にある自分の部屋へ行き、制服から私服に着替えて、早歩きでリビングに戻る。
「さあ、行こうか、氷河」
「うん、兄さん」
俺は頷き、兄さんと共に家を出た。
☆☆
明日香たちの家は青銅学園の目の前にあった。全体的に黒くて庭付きの広い家だ。俺の家よりもこの家の庭のほうが広い。何だろう、この敗北感は。
そんな風に思いながら、俺はインターホンを鳴らした。鉄製の扉が開き、菫が出てきた。黒のジャケットにジーパンという格好だった。
「いらっしゃいだね」
『おじゃまします』
俺と兄さんは同時に言った。
「あ! ハッピーアイスクリームだね」
菫は天使のような笑顔で言った。まあ、天使とか見たことないけどな。
☆☆
玄関で靴を脱ぎ、リビングに行くと、みんなはもう来ていた。俺と兄さんは菫の近くに座り込んだ。
「お茶を淹れたから飲みなさい。ただし、コップを直接手に持ってはダメよ」
明日香はお茶の入ったコップをお盆に載せてやってくるなり、そんなことを言い始めた。
「直接持たずにだと! どうやって飲めって言うんだ」
「そんなの自分で考えなさいよ」
明日香はどこか呆れた表情で俺を見てきた。何だかイラッときた。
「嵐の操作」
兄さんの声がしたのでそっちを見ると、コップのまわりに小さな嵐が発生していた。コップは回転しながら、上昇していく。やがてコップは兄さんの口元に達して、徐々に傾きはじめた。お茶が兄さんの口の中に入っていった。
明日香の方を見ると、唇の端がつりあがってニヤリ、と笑っていた。
「闇の無効」
突如、コップのまわりに発生していた嵐が消滅する。コップが回転しながら落下していき、兄さんの服に当たってお茶が溢れた。
「熱っ!」
兄さんが顔を歪める。顔を歪めるほど熱いのかよ。
「能力を使うのは禁止。ちなみに今のは能力を無効化する技よ」
おかしくてたまらないって表情だな。その表情が似合いすぎるぞ、明日香よ。
「先に言ってほしかったよ」
兄さんが苦笑いをして言った。
「言わなくても分かると思ったから」
「そっか。……こりゃバカにされてるな」
すると横から菫が、
「フフフ、こんなの簡単だよ! こうすれば、いいんだよ」
とストローをコップにさしてお茶を飲み始めた。が、即座にコップから口をはずした。
「熱い! 喉が焼けちゃう!」
「菫。ストローはどこにある?」
「ごめん。氷河。ストローは、この一本で最後なんだよ。灯し火が消えちゃった」
いや、消えてはいない。まだ方法はある。
キッチンを見ると、お目当ての物があった。俺は立ち上がり、キッチンへと向かった。
目的の物を手に取ってリビングに戻ってきた。目的の物――スプーンをコップの中に入れてお茶を掬い、口元に持っていく。
菫の言うとおり、このお茶は熱かった。喉が焼けそうという気持ちが分かるほどだった。
みんなもスプーンを手に取り始めた。
「ふ~ん。みんな飲めたみたいね」
明日香は普通にお茶を飲んだ。
「うむ! 明日香。コップを直接持つのはダメなのではなかったか?」
蘭が明日香に抗議する。
「私はいいのよ。出題者だもの。ルールには縛られないわ」
明日香は頬杖をつき、楽しそうに笑った。
「そんなのはずるいぞ」
学園長が可愛らしく頬を膨らませた。
明日香は学園長の側に行き、いきなり抱きついた。
「落ち着け。明日香」
学園長が明日香の手を掴んで握り締めた。
「すみません。取り乱してしまいました」
明日香はどこか照れくさそうに微笑んでいた。それはまるで、
「女の子みた……」
い、まで言おうとした瞬間、何かが俺の頬をかすめた。血が流れ落ちるのを感じる。
「ひーちゃん。今、何を言おうとした? 返答次第ではただじゃおかないよ?」
俺は冷や汗を流して血を拭い取りながら、声のした方を振り向く。
「……女琉さん」
そこにいたのは黒髪の天然パーマにサイズが合っていないスーツを着た鳳凰院家専属の女性執事だった。
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