第四話 遊園地④
コーヒーカップに乗り込むと、菫が楽しそうにハンドルを回し始めた。周りを見渡すと、コーヒーカップには子供が大勢乗っていた。
「もっと速く回しちゃおうっと」
菫は言葉どおりにハンドルを速く回した。少しだけ目が回った。
私はハンドルに手を伸ばし、菫を止めた。女琉さんもハンドルに手を伸ばしていた。きっと私と同じで目が回ったのだろう。
「菫、もっとゆっくり回してくれないかしら? 少しだけ目が回ったから」
「お姉ちゃん、私も目が回ったよ。やるんじゃなかった」
菫はハンドルをゆっくりと回し始める。
「今度は遅すぎるわね。もう少し速くてもいいわよ、菫」
「分かったよ、お姉ちゃん」
菫は少しだけ速くハンドルを回した。ちょうどいいくらいの速さでコーヒーカップは回る。
少しだけ首を動かし、周りを見てみると、さっきの菫と同じようにハンドルを速く動かして吐いている子供たちがいた。
可愛い子供が吐くのは別にいいけれど、不細工な子供が吐くとイラッとする。このコーヒーカップにいるのは不細工な子供ばかり。
視線を戻すと、私は菫と女琉さんを眺めた。2人とも楽しそうだった。
コーヒーカップはゆっくりと止まり、私たちは降りた。
「次は何に乗る?」
私は菫と女琉さんに問いかける。
「そろそろジェットコースターに乗ろうよ、あーちゃんすーちゃん」
女琉さんは本命を提案してくる。
「うん、そうだね。乗ろうよ、お姉ちゃん」
菫は女琉さんの提案に頷いた。
「そうね、ジェットコースターに乗りましょうか」
私たちはジェットコースターへと向かった。
☆☆
ジェットコースター乗り場へと行き、順番が来たので乗り込んだ。
幾度か急上昇と急降下を繰り返し、途中でスクリューが2回、やがてジェットコースターはゆっくりとスピードを弱めて停止した。
「風がすごく冷たかったよ、お姉ちゃん」
「私も冷たかったわ」
私は視線を菫に向けて言った。
「あたしは全然冷たくなかったよあーちゃん」
女琉さんはどこか威張るように軽く胸を叩き、微笑んだ。
「金属の鎧を使って風を防いだんですね」
私は女琉さんに微笑み返す。
「うんそうだよ」
女琉さんは頷いた。
「次はどこに行く? お姉ちゃん、女琉さん」
「どこがいいかな?」
菫に聞かれ、女琉さんは顎に手を当て考え始めた。
「お化け屋敷はどうかしら?」
私は菫と女琉さんを見回しながら、提案する。
「うんそうしようあーちゃん」
女琉さんは私の提案に頷く。
「いいね、お姉ちゃん」
菫も頷いた。
「怖がらないようにね、菫」
「大丈夫だよ。私は怖がりじゃないから」
菫はトンと自分の胸を叩いた。
「この前の能力レースの時には『だ、だって腰に手があぁ』って怖がってたくせに」
「……うん、そうだった。私怖がりだった。でも、お姉ちゃんと女琉さんがいるから大丈夫」
そう言って菫は微笑んだ。
「それじゃ、行きましょうか」
私たちはお化け屋敷へと向かった。
☆☆
横一列に並んでお化け屋敷の中を進んでいく。天井付近には作り物の蜘蛛の糸が張り巡らされている。
薄暗い通路を進んでいくと、忍者屋敷の如く壁がぐるりと一回転し、血塗れの白い服をきた女性が現れる。私はチラリと女性を一瞥し、先へ進む。
ガラスを引っかくような不愉快な音がどこかから響いてくる。こういう音は背筋がゾクリとするから嫌いだ。
ほんの少しだけ広いスペースへ出た。白いベッドが隅に置いてある。その横には白衣のようなものを着た人物が壁の方を向いて丸い椅子に座っていた。まるで病室だ。
その人物はガラスを引っかいていた。不愉快な音に私は顔をしかめる。菫と女琉さんも顔をしかめていた。
ベッド近くの通路へ歩き出した途端、その人物は立ち上がって、こちらへと振り向いた。左目には包丁が突き刺さっていて、右目は飛び出ていた。左目周辺には血糊が付着している。白衣のようなものにはリアルな血糊が付着していた。
「いぎゃぁあああ!」
菫は叫んで私に抱きついてくる。クラスメイトの死体を見ても驚かないのに、こんなので怖がる菫は本当に可愛い。
菫が怖がったからだろう。その人物は菫に触れようとする。が、その前に私が手首を掴んだ。
「汚い手で妹に触らないでくれるかしら?」
私は殺気を放ちながら、ギロリと睨みつけた。
「ひぃえぇええええ!」
悲鳴を上げながら、その人物は私たちが来た通路へと走り出した。
「お化け役が悲鳴を上げるなんて情けないよねあーちゃん」
「ええ、まったくです」
私たちはベッド近くの通路を進んだ。
遠くに姿見があるのが見えた。進んでいくと、姿見を突き破って体中に包帯を巻いた人間が出てきた。胸のふくらみから女だろう。
「包帯女だねあーちゃん」
女琉さんはこちらを見て笑った。
「包帯女ですね」
女琉さんに微笑み返す。
私たちは曲がり角を折れて、右に進んだ。
顔を真っ白にメイクした女性がへたり込んでいるのが見える。何かに怯えた表情をしているように感じられた。
私たちは顔を見合わせ、女性がいる場所まで進む。女性の視線を辿っていくと、背中に包丁が突き刺さった女性が倒れていた。腰の周りには血の海が構築されていた。
私は倒れている女性の手首を取って、脈をはかる。脈はなかった。死んでる?!
念のため、血を指で掬い取って舐めてみる。ん? これは……?
☆☆
「いやぁ、リアルだったね、まさかあんな演出があったとはね。脈がなかったからほんとに死んでるのかと思っちゃったよ。ゴルフボールで止めてたんだね、あれ」
菫は可愛いらしく微笑んだ。
「そうね、ワキにゴルフボールをきつく挟むと脈は一瞬止まるものね」
「それにしてもお化け屋敷だよ。あんな演出いるのかなぁ。通報されたらどうするつもりだったんだろう」
「その前に止めるんじゃないかしら。これは演出ですって」
「そうかもしれないね、お姉ちゃん」
菫はぎゅっと私に抱きついてくる。私は可愛い菫の頭をなでなでした。
「怯え方がリアルだったねあーちゃん」
「そうですね」
お化け屋敷の演出には驚いたけど、話のタネにはなるし、休日明けに氷河たちに話してあげよう。
感想頂けると幸いです。




