第三話 能力レース⑪
「小型の人形」
「緑色の花による刃」
菫は迫り来る小型の人形を切り伏せる。菫と狼牙は明日香らに追いつき、四階の廊下にて、激戦を繰り広げていた。
「闇の影」
「獣ワニだぜ! 鰐の噛み付きだぜ!」
狼牙は鰐に姿を変貌させ、襲い掛かってくる闇の影を噛み砕いた。
廊下には小型の人形と闇の影の残骸が散らばり、消滅していく。
「獣ワシだぜ! 鷲の風だぜ!」
狼牙は鷲に姿を変貌させ、翼をはためかせ風を巻き起こした。
「闇の反射」
明日香たちの目の前に薄く延ばされた真っ黒な円形の物体が出現する。風は吸収され、闇を纏って反射された。
「青い花による壁」
無数の青い花が壁となって、風を受け止めた。何枚かは千切れて、宙をひらひらと舞い、廊下に落ちて消滅した。
「あなたたち微弱な力を持ってして、やってしまいなさい」
明日香は残りの三人に告げた。
『一言余計だけど、やるぜ!』
三人は菫と狼牙に襲い掛かる。
「獣ゾウだぜ! 象の突進だぜ!」
狼牙は象に姿を変貌させ、三人に突進した。
『ぐわぁ!』
三人は吹っ飛んで、廊下に倒れる。
『む……無念だ』
三人はそう言って目を閉じた。
「やられるのが早すぎるわよ」
明日香は呆れて、ため息をついた。
「仕方ないわね。罰を与えてあげるから起きなさい」
『…………』
三人は起きない。身体が小刻みに震えているように見えるが、気のせいだろうか。
「起きなさいと言っているでしょ」
明日香は三人に近づき、連続ビンタを喰らわせた。
『起きる! すぐに起きるから!』
三人は慌てて起き上がる。
「最初からそうすれば、ビンタを喰らわずにすんだのに。まあいいわ」
明日香は菫と狼牙を見据えた。二人は身構える。
☆☆
「水刃」
俺は水で形作った無数の刃を襲い掛かってくる相手に放った。降参するつもりだったが、その前に薄弱に殴られたからやめた。
無数の刃は相手の身体の数箇所に切り傷をつける。
「くっ!」
相手チームの一人が何かを俺に投げつけてきた。
「くさっ!」
靴下だ。靴下を顔面に投げつけてきたのだ。
「女の子の靴下だぞ。臭い訳がない」
靴下を投げつけてきた相手が倒れている仲間の女の子を眺めつつ、言ってくる。
「女の子だろうと男だろうと靴下が臭いことにかわりはない。お前も嗅いでみろ。臭いから」
言われたとおりに相手は片方の靴下を女の子の足から外し、嗅いだ。
「……くさっ! 女の子の靴下くさっ!」
相手は鼻を押さえ、靴下を女の子の足に履かせる。
「そんなに臭い臭い言わないでくれる? 氷河はチームでしょ? 臭いって言うな」
仲間の一人である女の子は立ち上がり、俺を睨みつける。薄弱に傷をつけられてはいるが、まだ動けそうだな。
「その靴下で攻撃しろよ。臭いに耐え切れず気絶してくれるかもしれないからな」
薄弱たちに勝てるかもしれない。この靴下があれば。
「…………」
女の子は無言で俺に近づいてきた。
「ん? どうし……」
言葉が途中で途切れてしまった。それも当然だ。靴下を口に突っ込まれてるからな。投げつけられたほうの靴下を。
「気絶するかもしれないくらい私の靴下は臭いって言うの?」
口元は笑っているが、目は笑っていなかった。
「ああ、そのくらい臭い」
俺は口から靴下を取り出して、答える。
その言葉を聞いて、女の子は俺のよだれでべとべとになっている靴下を取り戻し、薄弱たちの方へと近づいていく。どうしたんだ?
「薄弱」
「何だ?」
女の子の呼びかけに薄弱は返事をした。
「氷河をぶっ殺しなさい!」
「え? 殺す?」
薄弱は何とも可愛い表情で驚く。
なぜ、俺は殺されなきゃいけないんだ?
「す、好きだったのに」
小刻みに身体を震わせながら、女の子は呟いた。好き? まさか俺の事を?
「自分の靴下の臭い!」
……あ、そっちか。
「さあ、薄弱! 氷河をやって!」
「俺たち敵同士だろ?」
薄弱は呆れた表情で女の子を見る。
「そんなことはどうでもいい! 私の靴下の……靴下の臭いの名誉のためにも氷河は殺さねばならない!」
靴下の臭いが臭いって言っただけで大袈裟すぎるだろ。
「薄弱。俺は殺されるようなことを言ったか?」
「いや、言っていない」
薄弱はそう言ってくれた。
「そう薄弱。あなたも私の靴下が臭いって言うのね」
「違う。そもそも嗅いでないから臭いかどうかなんて分からない」
そりゃそうだ。薄弱はどこか困ったような表情を浮かべていた。
「だったら、薄弱も私の靴下を嗅いでみなさいよ!」
「なぜ、そうなる!」
ごもっともだ。あんな臭いのを嗅がされるのは可哀相だし、何とかしなくては。
「ふんどりゃ!」
女の子は薄弱によだれでべとべとな靴下を投げつけた。
「水刃!」
すかさず俺は水で形作った無数の刃を放って、靴下を切り刻んだ。
「あぁっ!」
女の子は悲痛な叫びを上げ、膝から崩れ落ちる。
「あっあっあっあ」
女の子はよろよろと靴下の残骸に近づいた。靴下を切り刻まれたくらいで、なんで友人を殺されたかのような表情をしてるんだ?
女の子は靴下の残骸を手ですくう。
「買ったばかりだったのに」
ガックリとうなだれる。それなら、こうなるのも無理からぬことか。
ふいに女の子は立ち上がった。
「氷河、金を渡しなさい! 五万円でいいから!」
女の子は声に怒気を含みつつ、金を要求してきやがった。俺にとって五万円は大金だ。渡せるわけがないし、渡すつもりもない。
「五万円って高すぎやしないか。その中に何が含まれているんだ?」
「靴下代千円と私の心を傷つけた代四万九千円」
傷つけた代が含まれてるのかよ。
「傷つけた代が四万九千円って高すぎるだろ。一円の価値もねえよ」
「それもそうね。私が氷河の立場なら、絶対に渡さないし。靴下代だけでいいから頂戴」
そう言って、女の子は手を出し、金を渡すよう促した。お前なら絶対に渡さないのに、俺には渡させるのかよ。まあ、靴下代だけならいいか。
「財布は教室に置いてあるから、渡すのあとでいいか?」
「うん。交渉成立ね」
女の子は笑う。
「渡すのはいいんだけど、お前さ。よだれで手がべとべとになっているの平気なのか?」
俺のよだれでべとべとの女の子の手を見る。
「え? あれ、べとべとになってる?」
嘘だろ。気付いてなかったのか。感触で分かるだろうに。
「……くんくん」
何を思ったのか、女の子はよだれの臭いを嗅ぎ出した。
「臭い」
女の子は鼻をよだれから離した。
「だろうな。何でよだれを嗅いだんだ?」
「お……男のよだれのに……臭いに興味あったから」
恥ずかしそうに女の子は答えた。何をきっかけに興味を持ったのか、なぜ恥ずかしそうなのかがさっぱり分からない。
「女の子って分かんねえな」
「そうだな」
俺の呟きに薄弱も同意した。
感想頂けると幸いです。