第三話 能力レース⑦
「何だ? 今の音は?」
薄弱は俺に振り下ろそうとした拳を寸前で制止させて呟いた。
俺は身体を起こして立ち上がる。音は廊下から聞こえてきた。
「…………」
薄弱は無言でこちらを見つめてきた。俺は頷いた。
一時休戦し、俺と薄弱は廊下に出た。それから曲がり角のところまで戻った。
『な!』
俺と薄弱は同時に声を上げた。壁には血液と肉片が付着し、廊下は血の海と化していた。両チームのほとんどが廊下に伏していた。闇の影が仲間を襲っていて手も足も出せずにやられていた。
「何があった?」
薄弱は微笑んでその光景を見ている明日香に話しかけた。
「ああ、これね。吸収した赤色の花による破壊を反射したらこうなっただけよ」
「仲間ごとやったのか?」
「ええそうよ。あの規模だから仲間を避けて反射なんてできないわ」
身体の一部が抉られていたり、上半身を失っていたり、半身を失っている者がいた。
「明日香。いくらなんでもやりすぎだ」
俺は明日香を睨みつけた。
「蘭にもそう言われたわ。でも、何も問題ないのよ。菫なら この程度の傷簡単に治せるもの。あの技は名前に治療と入っているけど、もはや再生の域まで達しているしね」
明日香は嬉しそうだった。自慢の妹なんだな。というより傷ってレベルじゃねえだろ。何人か死んでるしな。学校で殺人事件とか起こすなよ。
「獣ワシだぜ!」
俺は声が聞こえた方向を見た。狼牙が鷲に姿を変貌させていた。
「鷲の風だぜ!」
狼牙は闇の影に向かって翼を羽ばたかせて風を巻き起こした。が、右腹を抉られているためか威力が弱まっている。
「水刃」
狼牙を援護しようと、水で形作った無数の刃を闇の影に向かって放つ。が、直前で人形に粉砕される。くっ、蘭の奴め。
無数の闇の影と人形が一斉に俺たちに襲い掛かってくる。
「水……」
「鷲……」
俺と狼牙は同時に技を発動させようとした。
「緑色の花による刃」
俺たちの言葉を遮る声が聞こえた瞬間、闇の影は上半身と下半身に分離し、闇の粒子を撒き散らしながら消滅していく。人形の上半身が横にずれ、そのまま音を立てて崩れ落ちる。その数秒後には下半身がゆっくりと後ろに倒れていき消滅する。
「…………」
無言で廊下の中心に立っているのは菫だった。その両手には緑色の花が幾重にも重なって構築された刃を持っていた。
「先に治しちゃおうかな。黄色の花による治療」
黄色の花が出現し、抉られている者や死んでいる者たちを囲んで付着していく。するとみるみるうちに抉られた箇所が、上半身が、半身がまるで時間が巻き戻ったかのように再生していく。破れたジャージも元通りになっていた。
『よっしゃ~!』
相手チームは即座に立ち上がり、襲い掛かってくる。明日香を見ると微笑んでいた。手は後ろに回されていて、そのすぐ側には薄弱と蘭が立っている。
「水の放射」
俺はかかと周辺から水の渦を噴出させ、菫の側に移動する。菫をお姫様抱っこして後退した。
「水刃」
水で形作った無数の刃を相手チームに向けて放った。
「人形の身体」
すかさず蘭は人形の身体を出現させた。たちまち相手チームの姿が見えなくなり、水の刃はあっさりと受け止められた。
「うりゃ~!」
菫は俺に抱えられたまま可愛いらしく叫び、緑色の花による刃を斜め上からバツを作るように振り下ろした。人形の身体は四つの二等辺三角形に分断され、廊下に音を立てて落ち、消滅した。
「うむ、私の人形が一瞬にしてサンドウィッチに成り果ててしまった」
蘭があごに手を添えて感心したように言った。
そう見えなくもないが、色が黒ずんでるしな。食べようとは思わない。腹壊しそうだし。
「この格好恥ずかしいから、そろそろ降ろしてくれないかな? 氷河」
菫は恥ずかしげに声をかけてきた。俺は顔を下げて菫を見た。その頬が少し紅潮している。
「…………」
俺の唇がわなわなと震えた。
「ど、どうしたの? 氷河?」
菫は心配そうに目を覗き込んでくる。
「ゴミ呼ばわりじゃなくなった。好感度がアップ……いや、元に戻ったと見るべきか」
俺は嬉しくて思わず笑った。
「あ! えっと、ゴミって呼んでごめんね。降ろしてくれる?」
お望みどおり、俺は菫を降ろした。
「氷河、狼牙。ちょっと耳を貸して」
菫は狼牙を手招きした。狼牙は鷲の姿をしたまま近くまで寄ってくる。
「分かった。ちょっと待ってろ」
俺は耳に手をかけると、思いっきりねじる。
「ぐぎぎぎ」
これではだめだ。もっと力を込めないと。ぐっと手に力を込める。
「何やってんの?」
菫と狼牙が訝しげな視線で俺を見る。
「え? いや、耳を貸せって」
「そういう意味じゃないんだけど」
「分かってるけど」
俺は耳から手を外した。
「分かってたんなら何でするの」
「耳を引きちぎっても菫なら治せるし」
「それはそうだけど、無駄に力を使うだけだし」
菫が睨んでくる。怒らせたか。ゴミ呼ばわりに戻らないことをただ祈る。
俺と狼牙は菫に耳を寄せた。
「――――――――分かった?」
菫は小声で指示を出し、俺と狼牙は同時に頷いた。
「水刃」
水で形作った無数の刃を配置した。
「鷲の風だぜ!」
狼牙は翼を羽ばたかせ、風を巻き起こした。それによって、水の刃は凄まじい勢いで加速し、威力を上げた。
水の刃は凄まじい勢いで明日香たちに向かって突き進んでいく。が、明日香たちに突き刺さる直前で消滅した。
『何!』
俺たちは驚き、目を見開いた。
「甘いわね」
明日香は口角を吊り上げた。その瞬間、消滅したと思っていた水の刃が闇を纏って空間から射出された。
即座に菫が反応し、緑色の花による刃を横一直線に薙ぎ、消滅させた。
「そっか。お姉ちゃんが手を後ろに回していたのは闇の反射を透明で見えなくしたのを分からなくさせるためだったんだね」
菫は合点がいったようにそう言った。
「ご名答よ。菫」
「わ~い。当たったよ」
菫はバンザイして喜んだ。
「良かったわね。当たって」
明日香は満面の笑みを浮かべた。なぜ、そんな笑みを浮かべられるんだろうか。企みは失敗したと言うのに。
明日香がちらりと蘭を横目で見た瞬間、
『ぐぁ!』
俺たちは同時に叫んだ。
俺は身体の節々に激痛が走り抜けていくのを感じた。
「ふふふ。これには気が付かなかったようね。まあ、あのタイミングでは仲間を守るために技を発動したと勘違いしても仕方ないわよね」
明日香はよく分からないことを言って笑った。
「お姉ちゃん。どういうことなの?」
菫は明日香に疑問の声を投げかけた。
「それはね。こういうことよ。蘭」
明日香は蘭に呼びかけた。
「うむ、分かった」
と蘭は横に移動した。
『はっ!』
その後ろには小さな人形の頭が鎮座していた。
「薄弱の透明で蘭の小型の人形を透明にしたのよ。人形の身体は仲間を守るためではなくその作業を隠すために蘭に使わせたのよ」
それが分かったところで対処の仕様がない。見えないわけだし。
「……大丈夫。打開策はあるから、安心して」
菫は強い意思を瞳に込めていた。
「私を信じて」
「そんなこと言わなくたって信じるよ、菫」
俺は菫を見つめて言った。
「ありがと、氷河」
菫は微笑んだ。
「藍色の花による幻影」
菫は幻覚技を発動させた。
感想頂けると幸いです。




