魔王の城でのひと時
この作品は「城をでた魔王が帰ってこない」よりも前の時間を書いています。
「勇者君って、どうしてお父さんを殺しにきたの?」
「……え?」
穏やかな天気にはとてもそぐわないようなことを突然聞かれ、勇者はサンドイッチを頬張る動きをとめた。そしてリオの顔を見る。彼女はいたって平然とした様子で、自分を見ていた。
「どうしたの? 倒すってことは、殺しにきたんじゃないの?」
自分の気持ちなどつゆ知らないのだろう、リオは淡々と聞き返す。
「……まあ、そうなるな」
勇者は手に残ったサンドイッチを紙皿に置く。昼食として食べられるこれは、リオ曰く彼女の手作りらしい。
「だったら、教えてよ。どうして殺しにきたの?」
次はどれを食べようかな、とリオはサンドイッチを指さしながら選んでいる。とても自分の父親を倒しにきた相手を前にしての態度にはみえない。
「……俺としては、いつ魔王が帰って来るか知りたいんだが」
返答に困る勇者は、話題をそらそうとする。彼がいるのは魔王の本拠地である魔王城。しかし魔王自身は勇者がここへくる少し前に城をでたらしい。その理由は、勇者より強くなる為の修行だとリオは言っている。
「そんなのお父さんにしか分からないよ。でも、お父さんを殺しにきた理由は勇者君が知ってるでしょ?」
「魔王のせいだろ? 人が魔物に襲われるのは。しかも世界征服を企んでるっていうし……そんなの野放しにしておけないって、国王にどうにかしろって頼まれたんだ」
仮にも魔王の娘であるリオに言っていいのか分からないが、勇者は溜め息混じりに答えた。
「魔物や魔族って基本的に、人間嫌い多いからね。もし魔物の世界に人間が入り込んだら、大変なことになりそう」
リオは笑う。無邪気に笑う。
「……この城って魔物とか魔族ばっかりだよな」
リオの笑い声の中、勇者は問う。そうすればリオは、当たり前のように頷いた。
「魔王が帰ってくるまで城に住めばいいと言ったのはお前だよな?」
「そうだよ。ジリーが言う訳ないじゃん」
ジリー、という名前に勇者は身震いした。勇者が城に住み始めたその日の睡眠中、ジリーに危うく殺されかけたことがあるのだ。その時は危機一髪の所で目をさましたおかげで、事なきをえた。それ以後は何故か命を狙われることはなくなった。その理由を勇者は知らない。
「で、お前は魔族なんだよな?」
「うん。魔王の娘が人間な訳ないじゃん」
「お前さ、どうして俺を城に住ませようと思ったんだ?」
「倒しにきたお父さんがいないから、でしょ?」
「そうじゃなくて……普通さ、自分の親を倒しにきましたなんていう勇者をとどめないだろ。むしろ、殺そうとするのが正解だろ。ジリーみたいに」
未だにあいつを見ると寒気がする、と勇者は腕をさすり始める。
「……そうだね。暇だから」
「暇?」
「ほとんどの手下はお父さんについていっちゃったの。で、よりにもよって私と仲のよかった子は皆お父さんについていく組でさ」
「お前もついていけばよかったんじゃないか? 魔王の修行に」
「やだよ。めんどくさい」
リオはきっぱりと言い切った。
「……で?」
「残った組って、何か嫌いなやつばかりなんだよね。だからお話しようとも思えない。そんな時に勇者君が来たんだよ。そんな悪い奴じゃなさそうだから、城に住ませてみようかなって思った」
「……俺って、暇つぶしの道具?」
勇者は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「さあ? でも正解だった。勇者君とお話するのって、結構楽しいもん」
「え?」
リオは笑顔を浮かべながら、紙コップに入れたお茶を一気に飲み干す。その後彼女は勇者の紙コップに目をむけた。
「全然減ってないじゃん。いらないの?」
「ああ。なんか、口に合わない」
「じゃあ、もらうね」
リオは返事を待たずにそれにも口を付けた。おいしい、などと言いながら飲み干していく彼女は、幸せそうだった。
「このお茶だめなのか。今、魔族の中で大人気なのに」
紙コップを空にしたあと、リオは残念そうに呟いた。
「じゃあ、お水でも持ってくるね。それなら平気でしょ?」
リオは二つの紙コップを手に、その場を去った。
「……俺が平和に魔王の帰りを待てるのも、あいつのおかげなんだよな。そこは感謝しておくか」
彼女の後ろ姿を見つめながら、勇者は最後のサンドイッチを手にとった。
「……この城でまともに話せるのって、あいつぐらいだしな」
しばらくしてリオがコップに水を入れて戻ってきた。それだけではなく、カゴにはクッキーらしきものが入っている。そのクッキーはとても甘かったが、どうにか一枚だけ食べ、勇者は水で流し込んだ。
「城をでた魔王が帰ってこない」の別の作品が書きたい!と思ってやってみました。
というわけで、「城をでた魔王が帰ってこない」よりも前の時間を書いてみました。魔王が帰ってきてしまうと色々複雑になりそうなので、魔王帰宅後の話は書かない気がする。
読んでくださりありがとうございました。