転生特典が【ドリンクバー】だったので、全部混ぜてハイポーション作ってみた。
【ドリンクバー】
それが、この異世界に来てから俺が五歳の時に授かった『特典』だった。
間違いなくチートスキルでも無双スキルでもハーレムスキルでもない。
誰がどう見たってゴミスキルだと思うだろう?
だが、案外そうでもない。
理由としては、俺が親に捨てられ、小さな町の教会に拾われた身だからである。
つまり、貧しい身としては、この上なく有難いスキルだった。
そして、同時に前世の記憶も思い出した。
前世では日本人だったが、どういうわけか剣と魔法の異世界に転生し、エリックという名で生きているのだ。
「ドリンクバー」
俺が唱えると、目の前に銀色の機械が出現した。
コーラ、メロンソーダ、オレンジジュース、烏龍茶。
見覚えのあるボタンが並び、隣には紙コップまで用意されている。
どう見ても、前世のファミレスに置いてあったアレだ。
ただし、ただのドリンクバーではない。
《紙コップは無制限に提供されます》
《飲料の抽出には魔力を消費します》
《貨幣を投入することで、DPを獲得できます》
《DPを消費することで新しい飲料を解放できます》
《新メニューは所有者のレベルに応じて追加されます》
《ミックス機能、メモリー機能が利用可能です》
ドリンクバーの側面には、ご丁寧に説明まで書いてくれていた。
硬貨を投入すると、半透明のウィンドウが表示される。
《カルピス:必要DP10》
《マウンテンデュー:必要DP10》
《麦茶:必要DP10》
《赤マムシ:必要DP20》
《チオ〇タドリンク:必要DP20》
《青汁:必要DP30》
・
・
・
…………驚いたことに、コイツには通常のファミレスにあるようなドリンクバーではないようだ。
中々見ないレアな栄養ドリンクまでほぼ全て揃っている。
つまり、俺の魔力さえあれば飲み物はいくらでも生み出せる。
生み出されたジュースを売って金にすれば、新たなメニューも開拓できる。
何より、『金を稼ぐのに好都合』であることが、俺にとっては十分だった。
◇
特典を手に入れてからというもの、俺はひたすらジュースを売った。
教会の前で、町の広場で、時には市場の片隅で。
「さあさあ、冷たいジュースはいかがですかー!」
とはいえ、五歳児の魔力量なんてたかが知れている。
一日に出せるのはせいぜい数杯。
売り切れたらその日は終了だ。
それでも、強い炭酸飲料もキンキンに冷えた飲み物も無いこの異世界では、まさにチートのように売れた。
「おい坊主! 昨日の口ん中で爆発する飲み物をくれ!」
「コーラね、毎度あり!」
「くぅ~ッ! 鼻に抜ける強烈な刺激ッ!! これだよ、これ!」
未知の飲み物ということで抵抗のある人も多かったが、働きづめの職人や冒険者には意外と好評だった。
一人が気に入れば翌日には仲間を連れて来ることも多く、俺のジュースは毎日売れ残ることは無かった。
そして、稼いだ銅貨の半分程度をドリンクバーに投入し、新しいメニューを解放する。
《カフェラテを解放しました!》
《リポビタンEを解放しました!》
《アリナミンWを解放しました!》
仕事柄なのか、栄養ドリンクがよく売れる気がする。
残りの半分の金は、暮らしている教会にすべて寄付した。
最初は数杯しか出せなくて萎えていたが、次第に量も増やせるようになっていった。
どうやら魔力というのは、使えば使うほど伸びていくらしい。
◇
教会では、神父様とシスターのセシリアさんが、俺を含めた十数人の孤児を育ててくれている。
決して裕福な教会ではないが、それでも俺たちが飢えずに暮らせているのは、町の人々からの寄付と、二人の懸命な働きのおかげだった。
そんなわけで、俺の稼ぎが少しでも役に立つなら万々歳である。
もっとも、俺の【ドリンクバー】が一番活躍していたのは、商売よりもむしろ教会の中だった。
「エリック! 今日もジュースちょうだい!」
「ミナ、昨日も飲んだだろ!」
「だっておいしいんだもん!」
この、うっとおしいほどに満面の笑顔を撒き散らかしてくるのはミナ。
同じ教会で暮らす、俺と同い年の女の子だ。
赤毛を二つに結んだ、元気いっぱいの少女。
着ているワンピースは継ぎ接ぎだらけだし、靴もずいぶんくたびれているが、顔立ちはなかなか整っている。
こいつは将来、とんでもない美人になるに違いない。
そして何より、俺の作るジュースに対する反応がすこぶる良いところが嬉しい。
俺は敢えてしょうがないような、しぶしぶ顔を出しながら、今日解放したカルピスとメロンソーダを【MIX機能】で1:1の割合で抽出する。
――そう、これは前世のファミレスで培った知識の賜物である。
「ろいやるめろん?」
「そう、MIX機能を使って出した俺のオリジナルジュースカクテルだ! 貴族だって飲めない代物なんだぜ!」
「わあ! すごいすごい!」
ふっ、飲む前からそんな顔を見せないでくれ。
可愛すぎるじゃろがい。
「うままーーーーーーーーッッ!!」
そして、飲んだ時の反応も、期待通りの想像以上を披露してくれた。
うむ、素晴らしい。
まさに天使が降臨してきたと言っても過言ではない。
今日の魔力はもうすっからかんだが、ミナの笑顔のためなら一億回魔力切れになってもお釣りがくるというものだ。
いや、げふん。
別に俺にロリコンの趣味はないのだが。
そもそも俺だってショタだし……前世の精神年齢? 考えないでおこう。
「エリック兄ちゃん! 俺も飲みたい!」
「私も! 赤いやつ!」
「僕はめろんそーだ!」
「おいおい、順番に並べって! 魔力が足りなくなるだろ!」
ミナが感動の叫びを放つのをきっかけに、子供たちが集まってくるのももはや日常の一部だ。
まったく、現金な連中だ。
ペースはゆっくりだが、いつかメニューにあるものを全て出せるようになりたいな。
◇
そして月日は流れ、十歳になった頃、ついにその時はやってきた。
《カレー:必要DP100》
《解放しますか?》
「……よし、解放!」
《カレーを解放しました!》
《現在、作成可能なメニューはありません》
「よっしゃあああ! ついにコンプリートだ!」
「おめでとう、エリック!」
隣でミナが手を叩いてくれる。
いやはや、実に長い戦いだった。
これで俺のドリンクバーには、コーラ、カルピス、青汁、さらには数十にも及ぶ各種栄養ドリンクまで、ありとあらゆる前の世界の飲み物が揃った。
そして極めつけが、このカレーである。
ドリンクバーなのにカレー、まさに革命だ。
カレーは飲み物とはよく言ったものだが、まさか異世界でそれを証明する日が来ようとは。
「ねえねえ、エリック!」
「ん? どうした?」
「これって、全部一緒に混ぜたらどうなるのかな?」
「…………」
ミナは目をきらきらさせながら、ドリンクバーを見つめている。
……なるほど。
どうやら、ドリンクバーを前にすると全部混ぜたくなるというのは、世界を超えたクソガキ共通の欲求らしい。
うむ、実に素晴らしい発想だ。
だが、ミナよ。
残念ながら俺は、その結末を知っている。
前世でも、ドリンクバーの全種類混合というものは、数多の学生たちが挑戦しては敗れ去ってきた禁断の錬金術なのだ。
メロンソーダの甘さ、コーラの炭酸、烏龍茶の渋み。そこにコーヒーだの野菜ジュースだのを投入すれば、一体どんな地獄が待っているか。
それは想像に難しくない。
「そうだ、私ポーション持ってるんだ! あのね、あのね! こないだね! 通りかかった冒険者さんがくれたの! それも混ぜよう!」
くそう……可愛すぎる。
しかも、思ったよりとんでもないことをしようとしているな。
いや……だが、それはそれで面白いのかもしれない。
ひょっとすると回復効果が増大するかもしれないしな。
それに、せっかくミナが楽しみにしているのだ。ここで尻込みするようでは男が廃る。
「よし、コンプリート祝いだ! せっかくだからメニュー全部混ぜてハイポーション作ってやろうじゃねぇかァ!!」
「ハイポーション!? やったああああ!!」
◇
「「ヴォエエエエエエエエエッッ!!」」
――そんな企みが上手く運ぶなど、どだい無理な話だった。
俺とミナは二人そろって、盛大に【嘔吐魔法・ゲロガ】をぶちまけた。
「食べ物を粗末にしないッ!!」
そしてセシリアさんにこっぴどく叱られ、仲良くゲンコツを食らった。
まぁ、冷静に考えてみれば当然のことである。
セシリアさん監視のもと、俺たちはカレーに混ぜて泣きながら食した。
カレーを混ぜればなんでも食べれるというのが、どうやらデマらしい。
「うぅ……ひっ……あははははっ!」
隣ではミナが、涙でぐしゃぐしゃになった顔で腹を抱えて笑っていた。
「な、なんで笑ってんだよ……おかしくなっちまったのか?」
「だ、だってぇ……エリック、あんなに自信満々だったのにぃ……あはははっ!」
「お前だってノリノリだったじゃねえか!」
「だって、だって……あんなに不味いなんて! あはははは!」
まったく、失礼な女である。
せっかく五年もかけてコンプリートしたというのに、その集大成がこれとは。
しかも、貴重なポーションまで無駄にしてしまったのだ。
しかし、そんな俺もミナの笑い声につられ、気づけば腹を抱えて笑っていた。
「でも、楽しかったね!」
「……まあな」
ミナは目尻に浮かんだ涙を拭い、にへらと笑った。
ミナにかかれば、こんなことでも最高の思い出になってしまう。
せっかくだし、俺は作ったハイポーションを【メモリー機能】で登録しておいた。
《メモリーNo.001:ハイポーション》
《効果:特になし》
《登録しました》
効果は、やはりというか何もなかった。
◇
転機が訪れたのは、十一歳のときだった。
教会の倉庫に、巨大なムカデの魔物が侵入したのである。
俺は咄嗟に熱々のカレーを顔面にぶちまけ、怯んだところを箒で叩きのめした。
《レベルが上がりました!》
《新しいメニューが追加されました》
《麻痺毒液:必要DP300》
「…………へ?」
そこで、ようやく気づいた。
俺のレベルが上がれば、メニューも増える。
しかも、異世界特有の素材まで追加されるらしい。
「……ってことは、もっと強い魔物を倒せば、もっとすげえもんが出るんじゃね?」
どうやら、このドリンクバーは思っていたよりもずっと奥が深いらしい。
それからは教会の手伝いをしながら、時々、町の周辺で弱い魔物を倒した。
麻痺毒液を瓶に詰めて投げつければ、小型の魔物程度なら簡単に動きを封じられる。
剣の才能も魔法の才能もない俺だが、弱い魔物程度ならなんとかなった。
《新メニュー:瞬間発火油を解放しました》
《新メニュー:スライム粘液を解放しました》
さらには、魔物の素材や既存のジュースを【MIX機能】で混ぜることで、効果付きジュースを作ることもできるようになった。
《MIXメニュー:モンスター・コーラを解放しました》
《効果:少し決意が漲る》
「……精神論かよ」
便利なスキルだと分かってからは、毎日がさらに楽しくなった。
◇
十五歳になった。
俺はついに、冒険者登録ができる年齢になった。
「よし! 俺、旅に出るわ!」
「えっ?」
ミナが目を丸くする。
「世界中を回って、もっとレベルを上げて、それで金持ちになって、うまいもんを腹いっぱい食わせてやる!」
「……本当に?」
「あぁ! もっとすげぇメニューを開発して、世界一のジュースを飲ませてやるよ!」
ミナは少し寂しそうに笑った。
「……じゃあ私も、すごいシスターになって待ってるね!」
「おう!」
ミナはいつからか、立派なシスターになって子供たちの面倒を見たいという夢を持っていた。
とはいっても、いつまで経っても貧乏なのは変わりない。
いつかミナを幸せにしてやりたい。
教会の子供たちも、みんなまとめて幸せにしてやりたい。
そんな大それた夢を胸に、俺は教会を旅立った。
◇
晴れて冒険者となった俺は、とにかく稼いで稼いで稼ぎまくった。
《新規レシピ:砂漠のオアシスソーダを獲得しました》
《効果:飲用者の体温を快適に保つ》
東の砂漠の国では、これが大流行した。
《新規レシピ:ハートフル・ヒーリング・天然水を獲得しました》
《効果:心身の疲労をほんの少し癒やす》
南のオークの国では、ハートフル・ヒーリング・天然水が人気になった。
肉体労働ばかりで、心身の疲労が溜まっていたらしい。
西の魔族領では、ドラゴニック・スプライトが爆発的に売れた。
《効果:飲むと一時的に火を噴ける》
文字通り、酒場が爆発した。
弁償に金貨を百枚も取られた。
二度と売るか、こんなもん。
冒険者としても、後方支援専門の錬金術師というていで参加した。
戦闘だけでなく、重い荷物になりやすい水分を誰も持たなくていいところも気に入られ、俺はよくサポートメンバーとして活躍した。
その他にも――――
《新規レシピ:奇跡の毛生え薬を獲得しました》
「……これは絶対売れる!」
実際、貴族相手にとんでもない値段で売れた。
そんなこんなでレベルは上がり続け、メニューも次々に解放されていった。
《レベルが40に上がりました!》
《ドラゴンの血液がメニューに追加されました》
《レベルが50に上がりました!》
《世界樹の樹液がメニューに追加されました》
《レベルが60に上がりました!》
《フェニックスの涙がメニューに追加されました》
もはや、俺に手に入れられない液体など存在しない。
伝説の素材だろうが、神話に登場する霊薬だろうが、レベルとDPさえ足りればボタン一つだ。
そして、様々なMIXを試していたある日。
《新規レシピ:エリクサーを獲得しました》
《効果:あらゆる傷病を治療し、肉体を再生する》
「……うおおおお!?」
完成したエリクサーは、世界中で大騒ぎになった。
これまで治せなかった重傷や病気が治り、王侯貴族はこぞって俺を招こうとした。
いつしか、俺の名前を知らない者はいなくなっていた。
世界最高の錬金術師・エリック。
そんな大層な肩書きまでついたが、俺自身はただのジュース屋のつもりである。
そして、世界中を旅して五年。
二十歳になった俺は、ようやく故郷へ戻ることにした。
「わーっはっは! 金持ちだ! 俺は大金持ちだー!」
金貨は腐るほどある。
ドリンクバーのメニューは数千種類。
メモリーに登録したレシピも、今や千を超えている。
もう、俺に作れない液体なんて存在しない。
子供たちには好きなだけ菓子を買ってやろう。
そうだ、立派な教会を建ててやってもいいな。
そして、ミナには……。
「……へへっ。驚くだろうな、あいつ」
最後に会ったとき、ミナは十五歳だった。
今はもう二十歳。
きっと、びっくりするくらい美人のシスターになっているに違いない。
俺は彼女の笑顔を想像しながら、懐かしい町の門をくぐった。
◇
「エリック! 本当にエリックなの!?」
教会に帰ると、子供たちが大騒ぎになった。
みんなすっかり大きくなっていたが、俺の顔を見るなり駆け寄ってくる。
「すげえ! 鎧がぴかぴかだ!」
「エリック兄、金持ちになったの!?」
「おう! 世界一金持ちジュース屋だぜ!」
俺は笑いながら、一人ひとりの頭を撫でた。
教会の建物も、庭も、何もかもが懐かしい。
「……エリック。おかえりなさい」
「おう。ただいま!」
セシリアさんも少し老けたが、優しい笑顔は相変わらずだった。
けれど、ミナの姿だけはそこに無かった。
一番最初に飛び出してきそうなのに。
「あれ、ミナは?」
俺が尋ねても、シスターは目を伏せるだけで。
「……来て」
案内された部屋には、ベッドが一つ置かれていた。
そしてそこには、ミナが眠っていた。
長い赤毛。
整った顔立ち。
しかし、五年前よりずっと綺麗になっていると思っていた彼女の姿は、おおよそ美人などと呼べるものではなかった。
頬はこけ、肌は青白く、かつて艶やかだった赤毛も、今ではすっかり色褪せてしまっている。
布団から覗く腕は驚くほど細く、目を閉じたその顔には、俺の大好きだった笑顔の面影すらなかった。
「……ミナ?」
返事はない。
もう一度呼んでみても、彼女の瞼はぴくりとも動かなかった。
「……おいおい、冗談だろ!?」
五年前、あんなに元気だったじゃないか。
俺が旅立つときだって、寂しそうにしながら、それでも笑って「私も立派なシスターになる」って見送ってくれたじゃないか。
あのミナが、どうして。
「……ちょうど二年前くらいからなの」
背後から、セシリアさんの声が聞こえた。
「最初は、少し眠る時間が長くなっただけだったの。次第に起きている時間が短くなって……一か月前には、とうとう……」
続く言葉は、今のミナを見て想像に難しくない。
聞けば、王都の医者にも、高名な魔法使いにも診てもらったらしい。
しかし、原因は分からなかった。
身体には何の異常もなく、ただ魂だけが深い眠りについているような状態なのだという。
「どうして……なんで知らせてくれなかったんだよ!」
「……何度も手紙を出そうとしたのよ。でも、ミナが……エリックがみんなのために世界中で頑張っているんだから、迷惑をかけたくないって……」
「…………馬鹿野郎」
そんなもん、いくらでもかけろよ。
何のために、俺が金を稼いできたと思ってるんだ。
何のために、強くなろうとしてきたと思ってるんだよ。
「……待ってろ、ミナ」
俺はドリンクバーを呼び出した。
幸い、俺にはエリクサーがある。
世界中の傷病を治療し、欠損した手足すら再生させる、伝説の万能薬だ。
王侯貴族が金貨を山ほど積んで欲しがる、最高級の霊薬である。
それを惜しげもなく抽出し、ミナの口に含ませた。
ゆっくりと、少しずつ飲ませていく。
やがて彼女の頬に赤みが差し、痩せ細った腕にも肉が戻ってきた。
それでも……目が覚めることはなかった。
「――――は?」
おかしい。
今まで見てきたものだと、エリクサーは瞬時に何もかも治してしまうはずだ。
けれど――今回はまるで手ごたえを感じられない。
身体のやつれや栄養失調は回復している。
だが、目は覚まさない。
「……くそっ!」
世界最高の霊薬でも、駄目なのか!?
そんな馬鹿な話があるかよ。
「エリック……」
セシリアさんが、涙を浮かべている。
クソ……俺は世界一の錬金術師だぞ?
世界中のあらゆる液体を、ボタン一つで生み出せるんだぞ?
今までだって、散々いろんなものを作ってきたじゃないか。
だったら、作れないワケがない。
「……分かったよ」
「エリック、何処に行くの?」
「エリクサーじゃ足りねえってんなら、それ以上のものを作ってやる。セシリアさん、部屋空いてるよな?」
「え、えぇ……」
俺は礼もそこそこに、昔使っていた部屋へと駆け込んだ。
五年前と変わらない、粗末なベッドと小さな机だけが置かれた部屋だ。
「そうだよな、ミナ……」
あの日、約束したもんな。
「世界一のジュース。飲ませてやるよ」
◇
それから俺は、毎日ひたすら調合を繰り返した。
世界樹の樹液にフェニックスの涙。竜王の血液に聖水。伝説の秘薬に神域の雫。
これまで手に入れてきたありとあらゆる液体を混ぜ合わせ、その効果を確かめる。
《新規レシピ:神聖回復薬を獲得しました》
「違う!」
《新規レシピ:不老の霊薬を獲得しました》
「それでもねえ!」
《新規レシピ:究極の毛生え薬を獲得しました》
「だから髪の毛はもういいって!」
混ぜて、試して、失敗して、また混ぜて、試して、失敗する。
効果のありそうな組み合わせは片っ端から試したし、効果がなさそうな組み合わせだって試した。
《おめでとうございます。調合回数が5000回を突破しました》
世界樹の樹液は一本抽出するだけでも相当な魔力を消費する。
それを湯水のように使い、できたばかりの薬を捨てる。
《おめでとうございます。調合回数が7500回を突破しました》
魔力がなくなれば、エリクサーを使って無理やり魔力を回復させる。
実質永久機関だ。
――――俺の拒絶反応を無視すれば。
《おめでとうございます。調合回数が10000回を突破しました》
「……おめでたくねぇよ」
椅子の背もたれに体重を預け、天井を仰ぐ。
万能薬を使っているはずなのに、全身が痛い。
最後にまともに寝たのはいつだったか。
最近ではミナの見舞いに行く時間さえ惜しくなり、セシリアさんに食事を運んでもらう始末だ。
それでも、手を止めてはならない。
「……あと、何を試してない?」
俺は机の上に広げた調合記録を眺めた。
配合、分量、順序。
思いつく限りの条件は変えたつもりだったが、まだ試せる組み合わせはいくらでもある。
そうして、一万一回目の調合に取りかかったときだった。
《新規レシピの生成条件を満たしました》
「……ん?」
いつもとは違う通知音に、思わず顔を上げた。
《新規レシピ:ラストエリクサー》
《効果:肉体・精神・魂に生じたあらゆる異常を修復し、対象を本来の状態へと回帰させる》
「…………な」
なんだ、それ。
肉体だけじゃない。精神も、魂も。
つまり、これなら。
「……は、ははっ! やった! やったぞ、ミナ!!」
思わず立ち上がった拍子に、椅子が派手な音を立てて倒れた。
そんなことはどうでもいい。
ついに見つけたのだ。
エリクサーすら凌駕する、まさしく究極の霊薬を!
俺は震える指で抽出ボタンを押した。
《調合に必要な素材が不足しています》
「…………は?」
しかし、ドリンクバーは一滴の液体も出さなかった。
《不足素材:幸福の記憶を宿した液体》
「……幸福の、記憶?」
思わず首を傾げる。
いや、待て。
なんだそりゃ。
「そんなもん、どこに売ってんだよ……」
慌ててドリンクバーのメニューを検索する。
新しい液体ならDPを払って解放すればいいし、俺のレベルが足りないというのなら、また魔物を倒してくればいい。
今なら魔王の城にだって乗り込んでやる。
神の血が必要だと言われれば、そいつを探して世界の果てまで旅してやろう。
ところが、いくら探してもそんな名前の液体は存在しなかった。
「……ふざけんなよ」
ようやく見つけたのに。
あと一つで、ミナを助けられるのに。
いくら金を積んでも、いくらDPを貯めても、購入できないものがあるなんて聞いていない。
腹立たしさのあまり、思わずドリンクバーを蹴飛ばした。
そのとき、何かのボタンに触れてしまったのか、不意に目の前のウィンドウが切り替わった。
《メモリーNo.001:ハイポーション》
俺は思わず、目の前に表示された文字を二度見した。
それは、十歳の頃にミナと一緒に作った、あのクソまずい飲み物の名前だった。
コーラにメロンソーダ、カルピスに烏龍茶、果ては栄養ドリンクなどをポーションにぶち込み、最後にカレーで無理やり飲めるようにした、あの地獄のような液体。
飲んだ瞬間、二人そろって盛大に吐いたっけ。
メモリー機能とは、作成した飲料の配合や特性、保存したときの状態を記録し、いつでも再現できる機能である。
俺も何度もお世話になったが、温度や鮮度なんかを保存するためのものだと思っていた。
だが、もし。
もしも、それだけではなかったとしたら。
――もしも、その当時の記憶まで再現できるのだとしたら?
『でも、楽しかったね!』
『……まあな』
そうだ。
十年前のあの日に生まれた、 何の効果もない、二度と飲みたくもない代物。
けれど、『最高の思い出』になった、ミナとの幸せの記憶。
解釈が合っているかは分からない。
けれど――迷ってる暇もない。
《メモリーNo.001を再現しますか?》
「……ああ。頼む」
俺は迷わずボタンを押した。
電子音が鳴り、紙コップに茶色い液体が注がれていく。
「クッサ!!」
なんだこの臭い。
十年ぶりに嗅いだが、やっぱり人間の飲むものじゃねえぞ。
しかし、不思議なものだ。
あれほど嫌な思いをしたはずなのに、今はこの臭いさえ懐かしく思えてしまう。
「……待ってろよ、ミナ」
俺は紙コップを持ち上げ、ラストエリクサーの調合液へと注いだ。
最後の一滴が落ちた瞬間、眩い光がドリンクバーから溢れ出した。
《特殊素材:幸福の記憶を宿した液体を確認しました》
《全ての調合条件を満たしました》
《新規レシピ:ラストエリクサーを獲得しました!》
「……は、ははっ!」
思わず笑いが込み上げてくる。
「……よっしゃあああああ!!」
俺は瓶を握りしめ、部屋を飛び出した。
「ミナ! 待ってろ! 今度こそ、絶対に治してやるからな!!」
廊下を駆け抜け、ミナの部屋へ飛び込む。
驚いたセシリアさんが何か言っていたが、今はそれどころじゃない。
俺はミナの傍らに膝をつき、そっと彼女の手を握った。
「……なあ、ミナ」
返事はない。
だが、構わなかった。
「お前、五年前に言ったよな。立派なシスターになって、俺の帰りを待ってるって」
俺は笑った。
「……約束、まだ果たしてねえだろ」
ラストエリクサーを少しずつ、ミナの口へと含ませた。
そして、ミナの身体が、淡い光に包まれていく。
その光はゆっくりと全身へ広がり、やがて彼女の胸元へと吸い込まれていく。
そして――
「……ん……」
微かな声が、聞こえた。
「……ミナ?」
恐る恐る名前を呼ぶと、彼女の長い睫毛がぴくりと動いた。
そして、ゆっくりと。
本当にゆっくりと、その瞼が開かれ。
「……ぇ、りっく……?」
「……ミナ!」
俺は思わず、彼女の手を強く握りしめた。
「ミナ! 俺だ! エリックだ! 分かるか!?」
「……ん……えりっく……?」
「ああ! そうだよ! 俺だよ!」
ミナの瞳が、ゆっくりと俺を捉える。
まだ焦点も定まっていないようだったが、やがてその口元が、ほんの僅かに持ち上がった。
「……おか、えり……」
「…………っ!」
ああ、もう。
なんだよ、それ。
五年ぶりに会って、最初に言うことがそれかよ。
「……おう。ただいま」
「……ごめ、ね……」
「謝んなよ、馬鹿」
「……えへ……へ……」
ミナは弱々しく笑うと、俺に向かって手を伸ばそうとした。
しかし、その腕はほとんど持ち上がらず、力なく布団の上へと落ちてしまった。
「……あ、れ……?」
「ミナ!?」
慌てて身体を支えようとすると、彼女は起き上がろうとして、苦しそうに顔を歪めた。
「お、おい! どうした!? どっか痛いのか!?」
まさか、まだ治っていないのか?
ラストエリクサーでも駄目だったのか!?
再び血の気が引いていく俺の肩に、そっと手が置かれた。
「エリック、落ち着いて」
「セシリアさん! ミナが、身体を動かせなくて……!」
「大丈夫。ずっと眠っていたんですもの。長い間、身体を動かしていなかったせいで、筋肉がすっかり弱ってしまっているのよ」
「……筋肉?」
「ええ、焦らなくてもいいの。少しずつ食べて、身体を動かして、元の暮らしに戻していけばいいんです」
「…………はぁぁぁぁぁ……」
全身から力が抜けた。
なんだよ。
なんだ、そういうことかよ。
「……よかったぁ……」
俺はベッドの縁に突っ伏した。
もう立っている気力すら残っていなかった。
もう、焦る必要はない。
ちゃんと治ったのだ。
あとは、こいつが元気になるのを待つだけ。
「……おかえり、ミナ」
俺は握った手をそっと撫で、笑った。
「……うん、ただいま」
五年ぶりに帰ってきた俺が言うのも、なんだか変な話だが。
まあ、いいだろう。
今度は、俺が待つ番だ。
◇
それから、一か月が経った。
教会の庭には、懐かしい子供たちの笑い声が響いていた。
「エリック兄ちゃん! 次は青いやつ!」
「おい、今飲んだばかりだろ!」
「だっておいしいんだもん!」
「ったく」
俺はドリンクバーを操作し、青い果実ジュースを紙コップへ注いでやった。
子供たちが歓声を上げる。
五年前と何も変わらない光景だった。
もっとも、今の俺は世界一の錬金術師である。
レベルだって桁違いだし、魔力も腐るほどある。
こんな小さな教会の子供たち十数人にジュースを振る舞ったところで、魔力切れになることなどあり得ない。
「……しょーがねぇな! お前ら、今日は特別に飲み放題だ!」
「「「やったああああ!!」」」
子供たちが一斉にドリンクバーへ殺到してきた。
まったく、現金な連中である。
「……随分、色んなものを出せるようになったらしいじゃない、エリック」
「フッ……まあな。五年前の百倍はメニューが揃ってるぜ」
俺は得意げに胸を張った。
「なんたって、世界一の錬金術師だからな! コーラでもジュースでも、伝説の霊薬でも、何だって……」
そこまで言って、俺は固まった。
聞き覚えのある声。
五年間、ずっと聞きたかった声。
思わず振り返ると、そこには、白い修道服に身を包んだ少女が立っていた。
長く伸びた赤毛を後ろで結び、柔らかく微笑むその顔には、もう病の面影などない。
おぼつかなかった声も、瘦せこけた筋肉も、すっかり元に戻っている。
……いや、五年前より、ずっと綺麗になっていた。
「……ミナ?」
「うん。久しぶり、エリック」
「……ようやく退院かよ」
「えへへ。ごめんね」
「……ったく。心配かけやがって」
俺は鼻をすすり、慌てて顔を逸らした。
くそっ。
なんだこれ。
世界一の錬金術師が、女の子一人に泣かされるとか、格好悪すぎるだろ。
すると、ミナが俺の隣に腰を下ろした。
「ねえ、エリック」
「……なんだよ」
「約束、覚えてる?」
「約束?」
「うん。旅に出る前に言ってたでしょ。いつか世界一のジュースを飲ませてくれるって」
「……ああ」
覚えているとも。
忘れるわけがない。
そもそも、俺が世界中を旅してきたのは、そのためだったのだから。
「もちろん! 何がいい? 王族御用達の果実ジュースか? それとも世界樹の樹液を使った特製ソーダか?」
俺は胸を張った。
「何でも言えよ! 今の俺なら、世界中のどんな飲み物だって作れるぜ!」
「本当に?」
「おう!」
「じゃあ……そーだなー、百倍メニューあるもんね」
ミナは、少しだけ考える素振りを見せた。
そして、五歳の時からまったく変わらない、あの悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「全部混ぜ100倍ハイポーション」
◇
《メモリーNo.001:ハイポーション》
《登録情報が更新されました》
《固有特性:世界にたったひとつの、思い出の味》
最後まで読んでいただきありがとうございました!
こちらのタイトルは神田がいるコミュニティの企画で、或鬼ながら(ID:1541358)さんからいただいた素晴らしいタイトルです。強奪しました(許可取りました)
ドリンクバーといえばアレだろわかっちゃねぇな。
とか
ふーん、おもしれーじゃん。
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