思い出すのは
実家に帰り着くまで、あと十五分ほど。交差点に差し掛かり、赤信号になったので車を停止させた。
左側にある信号柱。その根元には、花やお茶が供えられている。
十年前だろうか、ここで海斗は死んだ。
「お前さぁ、もっとみんなに指示出せよ」
一緒にキャプテンをしている海斗が、テニスラケットで素振りをしながら言う。
「いや、だってさぁ」
私はラケットの上でボールを転がしていた。
「だってさぁじゃない」
「いやだって、何で私がキャプテンなわけ? どう考えたって春香のほうが適任じゃん」
「お前が顧問から指名されて、するっていったんだろ? それに、お前はぼーとしてるけど、誰よりも周りを見てるし、冷静な判断ができるから」
「はぁ」
ラケットからボールが落ちた。私は転がったボールを見つめた。
そんなことを言われても、自分では分からない。
当時はそんなことを思って、気の抜けた返事をした。
そんな気の抜けた返事に海斗は、「今まで通りぼーとするなよ。部員からなめられるぞ」と言った。
「はぁ。もうなめられてる」
また気のない返事をした。ボールは転がって、他の部員の足に当たった。
海斗は、「本当お前ってさぁ」と言って笑った。顔が小さくて、鼻筋も通って、綺麗な顔をした海斗は、笑うと少しだけピンクの歯茎が見える。
私はその歯茎が見えると、可愛い、と思ってふっと笑った。
半年後、海斗は部活に来なくなった。
学校の廊下で、あぐらをかいて座っている海斗は友達と楽しそうに話している。
私は海斗に、「ねぇ、今日も部活こないの?」と訊く。
「行かない」
私とは目も合わせようとせず、紙パックのミルクティーを海斗は飲んでいた。
「分かった」
あんなにテニス大好きなのに、何で来ないんだろう、と頭の中では思っていたけれど、口には出さなかった。
二週間後、海斗からメッセージが来た。
『テニス辞めるわ。キャプテン頑張れよ』と。
私は、『分かった』とだけ返信した。
聞きたいことは山程あったはずなのに、なぜかこの時何も訊かなかった。
海斗は学校も辞めた。
その半年後、部活が休みの日、ベッドに寝転んでいると、顧問から電話がかかってきた。
「もしもし、落ち着いて聞けよ。海斗が亡くなった」
亡くなった。死んだ?
「はぁ」
私は気の抜けた返事をした。
死んだ。その言葉を頭に思い浮かべるのに必死だった。
「えっ? 知ってた?」
顧問は、私のあまりのリアクションの薄さに驚いているようだった。
「いやぁ知りません」
「そうか。えーと、告別式にテニス部代表で行くからそのつもりで」
「はぁ分かりました」
電話が切れて、「海斗が死んだ」と言葉に出してみたけれど、ただの言葉だった。
私は、ベッドに寝転んで天井をしばらく見つめていた。
告別式の日、制服のポケットにテニスボールを入れて、葬儀場へ向かった。
顧問と落ち合い、式場の中へ入る。
線香の匂いが充満し、喪服姿の人がいっぱいで真っ黒だった。真っ黒の中に茶色のブレザーが目立って、私は異物のようだった。
海斗の写真の周りだけは花に囲まれて華やかだった。
海斗が笑っている写真。笑っているけれど、あの可愛い歯茎は見えていない。
告別式が始まり、私はポケットに入れていたテニスボールを取り出して、手の中で転がしていた。
海斗はテニスのことまだ好きだったのかな。天国でやってるかな。
そんなことを考えていた。
出棺前に、柩の中にみんなが花を入れていた。
私も顧問についていき、花とテニスボールを手に持っていた。少しずつ少しずつ前に進み、前に進むたびに目と鼻の奥がツンとなり痛かった。
柩のすぐ側にきた。海斗の顔を覗くと、綺麗な顔をしていた。顔の横にテニスボールと花をそっとおく。手に涙が落ちた。ポタポタと落ちる。
どうしてテニス辞めちゃったの?
今更訊いても返事は返ってこない。
後日、海斗のことを知っている先輩から聞いた。海斗は学校を辞めてから、良くない人と遊ぶようになって、毎日夜遊びに出ていた。その時、定員オーバーの車に乗り、スピードを出しすぎた車が信号柱にぶつかり、海斗は外に投げ出されたと。
それを聞いて私は、もし、部活を辞めるって言った時に私が話を聞いていたら、引き止めていたら、海斗は今頃生きていたかもしれない。
どうしてあの時私は、引き止めなかったんだろう。どうして、どうして。
あの頃はしばらくそんなことを考えていた。
この交差点を左に曲がれば実家方面。
青になり、私は左へ曲がらず直進した。フラワーショップへ寄り、ひまわりとピンクのカーネーションを買って、また交差点に戻ってきた。
交差点から少し離れたところの路肩に車を止め、信号柱にお花を供えた。
「あの時、話聞かなくてごめんね。引き止めなくてごめんね。ここで海斗のこといつも思い出すけど、思い出すのはいつも笑顔の海斗だよ。ピンクの歯茎が見えた可愛い笑顔。ずっと忘れないと思う」




