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思い出すのは

作者: 七瀬乃
掲載日:2026/05/29

 実家に帰り着くまで、あと十五分ほど。交差点に差し掛かり、赤信号になったので車を停止させた。

 左側にある信号柱。その根元には、花やお茶が供えられている。


 十年前だろうか、ここで海斗は死んだ。



「お前さぁ、もっとみんなに指示出せよ」

 一緒にキャプテンをしている海斗が、テニスラケットで素振りをしながら言う。


「いや、だってさぁ」

 私はラケットの上でボールを転がしていた。


「だってさぁじゃない」


「いやだって、何で私がキャプテンなわけ? どう考えたって春香のほうが適任じゃん」

 

「お前が顧問から指名されて、するっていったんだろ? それに、お前はぼーとしてるけど、誰よりも周りを見てるし、冷静な判断ができるから」


「はぁ」

 ラケットからボールが落ちた。私は転がったボールを見つめた。

 そんなことを言われても、自分では分からない。

 当時はそんなことを思って、気の抜けた返事をした。


 そんな気の抜けた返事に海斗は、「今まで通りぼーとするなよ。部員からなめられるぞ」と言った。


「はぁ。もうなめられてる」

 また気のない返事をした。ボールは転がって、他の部員の足に当たった。


 海斗は、「本当お前ってさぁ」と言って笑った。顔が小さくて、鼻筋も通って、綺麗な顔をした海斗は、笑うと少しだけピンクの歯茎が見える。

 私はその歯茎が見えると、可愛い、と思ってふっと笑った。


 半年後、海斗は部活に来なくなった。


 学校の廊下で、あぐらをかいて座っている海斗は友達と楽しそうに話している。

 

 私は海斗に、「ねぇ、今日も部活こないの?」と訊く。


「行かない」

 私とは目も合わせようとせず、紙パックのミルクティーを海斗は飲んでいた。


「分かった」

 あんなにテニス大好きなのに、何で来ないんだろう、と頭の中では思っていたけれど、口には出さなかった。


 二週間後、海斗からメッセージが来た。

『テニス辞めるわ。キャプテン頑張れよ』と。


 私は、『分かった』とだけ返信した。

 聞きたいことは山程あったはずなのに、なぜかこの時何も訊かなかった。


 海斗は学校も辞めた。


 その半年後、部活が休みの日、ベッドに寝転んでいると、顧問から電話がかかってきた。


「もしもし、落ち着いて聞けよ。海斗が亡くなった」

 亡くなった。死んだ?


「はぁ」

 私は気の抜けた返事をした。

 死んだ。その言葉を頭に思い浮かべるのに必死だった。


「えっ? 知ってた?」

 顧問は、私のあまりのリアクションの薄さに驚いているようだった。


「いやぁ知りません」

 

「そうか。えーと、告別式にテニス部代表で行くからそのつもりで」


「はぁ分かりました」


 電話が切れて、「海斗が死んだ」と言葉に出してみたけれど、ただの言葉だった。

 私は、ベッドに寝転んで天井をしばらく見つめていた。


 告別式の日、制服のポケットにテニスボールを入れて、葬儀場へ向かった。

 顧問と落ち合い、式場の中へ入る。

 線香の匂いが充満し、喪服姿の人がいっぱいで真っ黒だった。真っ黒の中に茶色のブレザーが目立って、私は異物のようだった。

 海斗の写真の周りだけは花に囲まれて華やかだった。

 海斗が笑っている写真。笑っているけれど、あの可愛い歯茎は見えていない。

 

 告別式が始まり、私はポケットに入れていたテニスボールを取り出して、手の中で転がしていた。

 海斗はテニスのことまだ好きだったのかな。天国でやってるかな。

 そんなことを考えていた。


 出棺前に、柩の中にみんなが花を入れていた。

私も顧問についていき、花とテニスボールを手に持っていた。少しずつ少しずつ前に進み、前に進むたびに目と鼻の奥がツンとなり痛かった。

 柩のすぐ側にきた。海斗の顔を覗くと、綺麗な顔をしていた。顔の横にテニスボールと花をそっとおく。手に涙が落ちた。ポタポタと落ちる。

 

 どうしてテニス辞めちゃったの?

 

 今更訊いても返事は返ってこない。


 後日、海斗のことを知っている先輩から聞いた。海斗は学校を辞めてから、良くない人と遊ぶようになって、毎日夜遊びに出ていた。その時、定員オーバーの車に乗り、スピードを出しすぎた車が信号柱にぶつかり、海斗は外に投げ出されたと。


 それを聞いて私は、もし、部活を辞めるって言った時に私が話を聞いていたら、引き止めていたら、海斗は今頃生きていたかもしれない。


 どうしてあの時私は、引き止めなかったんだろう。どうして、どうして。


 あの頃はしばらくそんなことを考えていた。



 この交差点を左に曲がれば実家方面。

 青になり、私は左へ曲がらず直進した。フラワーショップへ寄り、ひまわりとピンクのカーネーションを買って、また交差点に戻ってきた。


 交差点から少し離れたところの路肩に車を止め、信号柱にお花を供えた。


「あの時、話聞かなくてごめんね。引き止めなくてごめんね。ここで海斗のこといつも思い出すけど、思い出すのはいつも笑顔の海斗だよ。ピンクの歯茎が見えた可愛い笑顔。ずっと忘れないと思う」

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