第8話 三年間の成果
深い森の奥、木漏れ日が地面に複雑な模様を描き出す。そこは今や、二人にとっての聖域となっていた。
三年前の幼さを残しながらも、どこか神秘的で凛とした美しさを纏うようになったシャルロッテの前で、色とりどりの光が細かな粒子となって舞っている。
「――いくわよ、シャル」
私が指先をそっと振ると、シャルから溢れ出す膨大な精霊力が凝縮され、漆黒の結晶となって宙を舞った。影の結晶は空中で幾重にも重なり、まるで闇で編み上げられた大輪の華が開くかのように、鮮やかに形を変えていく。
対するシャルロッテは、その光景を静かに見つめていた。可憐な少女のままでありながら、その瞳には深い淵のような静けさが宿っている。私が放った影の粒子が彼女に届こうとしたその瞬間、彼女の足元から「影」が生き物のように揺らめいた。
「……捕まらないよ、クレール。――『影渡』」
静かな声が響くと同時に、シャルロッテの身体が揺らぎ、ドロリとした闇に溶け込む。影の精霊との共鳴によって成されるその術は、彼女を一瞬にして物理的な次元から切り離していた。
影の華が彼女を包み込んだはずだったが、そこにはもう、彼女の体温は存在しなかった。まるで実体のない幻を映していたかのように、私の術は空を切った。
数メートル後方、大木の濃い影からふわりとシャルロッテが姿を現す。
この三年間の特訓で、彼女が手に入れた最も異質な術。それは自分自身を影の次元へと同化させ、この世界の物理的な制約から一時的に解き放たれることだった。
「上手になったわね、シャル」
私が感嘆の声を漏らすと、シャルロッテは少し誇らしげに微笑んだ。
「壁も、扉も、今の私なら関係ないよ」
シャルロッテは微笑んで、近くにあった切り立った岩壁に歩み寄る。彼女が手を触れると、指先から黒い波紋が広がり、その細い腕がズブズブと硬い岩のなかに吸い込まれていった。そのまま彼女は、水溜まりに飛び込むような軽やかさで、巨大な岩壁へと消えてしまった。
ほどなくして、岩の影からひょっこりと顔を出す。
「最初は少し怖かった。影の中は冷たくて、自分が自分でなくなっちゃうような感覚がして。でも、クレールが外で待っててくれるって信じてるから、潜れるようになったんだよ」
彼女の言葉に、胸の奥が熱くなる。品評会への道は決して楽なものではなかった。精霊力の精密操作に神経をすり減らし、溢れ出す力を一点の淀みもない形へと整える難しさに、夜通し悩み抜いたこともあった。
私もまた、精霊術の真髄を極めようとしていた。手のひらの上でシャルの力を薄く、極限まで引き伸ばし、漆黒の鏡のように滑らかで美しい盾を作り出す。
「……この特訓も、今日で最後ね」
私の言葉に、シャルロッテが深く頷く。三年前は制御しきれずに暴走させることもあった彼女の精霊力も、今では私の指先一つで、意図した通りの美しい形へと姿を変える。
シャルロッテは影を操り、物質の理を超えた。そして私は、彼女の精霊力を練り上げ、この世の何よりも純粋な美と精密さを手に入れた。
私とシャルロッテは、夕闇の迫る訓練場で静かに視線を交わす。
三年前のあの日、私たちはある目的のために手を取り合った。三日後に迫った品評会でその力を証明し、自分たちの運命を自らの手で切り拓く。そのための輝きは、今まさに私たちのなかに宿っている。
「行きましょう、シャル。私たちの舞を、世界に見せつけるために」
「うん。最高の舞台にしようね、クレール」
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