第6話 深夜の研究会
「……よし。お姉様たちも、メイドたちも、みんな寝静まったみたいね」
真夜中。北棟の小部屋で、シャルロッテは机の上に置いた小さな蝋燭に火を灯した。今朝の騒動が嘘のように、部屋は静まり返っている。この静かな時間は、私たちの研究時間だ。
『お疲れ様、シャルロッテ。さあ、始めましょうか。私たちが「どこまでやれるのか」を知っておかないと、いざという時に困るものね』
私は彼女の肩からポヨンと跳ね、ピカピカに掃除された床に降り立った。
「ええ、そうね。まずは……私たちの力の『源』について整理しましょう」
シャルロッテは、どこからか手に入れてきた古い羊皮紙の裏に、羽ペンで図を書き始めた。
「さっき、あなたに意識を向けた時にわかったの。私の内側にある『精霊力』は、そのままでは何も起きないけれど、あなたという『窓』を通すと、影の形を借りて外へ出せる」
『その通り。あなたが精霊力を宿す「楽器」で、私がそれを奏でる「奏者」……といったところかしら。基本的には、パスさえ繋がっていればあなたが眠っていても私は動けるわ。……でも、あなたが「こうしたい」と強くイメージして力を流してくれると、術の威力も精度も格段に跳ね上がるみたいね。試しに、指先から少しだけ、糸を紡ぐようなイメージで力を流してみて』
シャルロッテが目を閉じ、集中する。すると、私の足元から伸びた影が、一本の細い「針」のように鋭く立ち上がった。
「……できた。でも、これを維持するのは少し疲れるわ」
『なるほど。精密な操作を長く続けるには、あなたの集中力……つまり精霊力の「出力安定」が必要ってことね。次は、私の影の空間について試しましょう』
私たちは淡々と実験を繰り返した。
1.影の収納の限界:
本館から拝借したパンを基準に検証。重さは関係なく、体積にもまだ余裕がある。ただし、あまりに大きなものを入れようとすると、シャルロッテの精霊力を一気に消費することが判明した。
2.影の触手の射程距離:
シャルロッテを中心として、半径約五メートルほど。術が使えるようになった夜はもっと短かった気がするから、訓練次第で広げられそうだ。今はまだ部屋の外の廊下を扉越しに探るのが精一杯だが、これだけでも十分に暗躍できる。
3.帰無:
目の前の蝋燭の火を対象に実験。火そのものを「静寂」で覆うことで一瞬で消し去ることができたが、エルザの『火弾』の時よりも消費は格段に少なかった。このことから、対象となる術や物の規模が大きくなればなるほど、相応の精霊力を瞬時に供給しなければならないという仮説が立てられる。
4.精神の静寂:
昨夜シャルロッテを包み込んだ「安らぎ」の応用。悪夢や過剰な精神の昂ぶりを闇で覆い、無へと還すことで、強制的に深い眠りを与えることができる。
「……ふむ。つまり、私がもっと精霊力を練る練習をすれば、クレールはもっとすごいことができるようになる、ということね」
シャルロッテは羽ペンを置き、ふふっと小さく笑った。その瞳には、知的な好奇心が宿っている。
『その意気よ。私の知る格言に「知恵は武器よりも強し」というものがあるわ。私たちは、力だけでなく知恵でも彼らを上回るの』
「……クレールって、ときどき不思議なことを言うのね。普通の精霊さんとは違うみたい。言葉もはっきりしているし、まるで……。ねえ、クレール。あなた、本当はどんな姿をしているの?」
シャルロッテの純粋な問いに、私は一瞬、思考を止めた。
前世の記憶。鏡に映っていた、三十年という月日の重みと、日々の暮らしに摩耗した色をどこかに滲ませていた、けれど確かに「人間」だった頃の私。今の彼女にはまだ「転生」なんて話は信じられないかもしれないけれど、私の「精霊の形」くらいは見せてもいいかもしれない。
『……そうね。見せてあげましょうか。今の私たちはなら、できるかもしれないわ』
(シャルロッテ、精霊力を最大まで。私を、あなたの精霊力で具現化して)
私の呼びかけに応じ、シャルロッテが両手を差し出す。彼女から奔流のような精霊力が流れ込み、私の黒い体が急速に膨れ上がった。
床に溜まった影が渦を巻き、立体的な形を作っていく。それは、黒い霧で織りなされた、一人の女性のシルエットだった。
漆黒のドレスを纏い、顔立ちは霧に煙って判然としないが、凛とした立ち姿。影の粒子が煌めき、まるで夜そのものを纏った令嬢のような姿が、月光の下に現れた。
「……きれい……」
シャルロッテが息を呑む。
私は、影でできた自分の「手」をじっと見つめた。懐かしい五本の指。三十歳だったかつての姿よりも、さらに凛としていて隙がない。
『これが、私が精霊界で生まれた頃の姿に近いもの……。でも、維持するのは……っ、結構大変ね』
数分も経たないうちに、シャルロッテの顔から血の気が引いていくのがわかった。人型の維持は、触手を伸ばすのとは比較にならないほど精霊力を消費するのだ。
『戻るわよ。今はまだ、これが限界ね』
私は霧を解き、再び小さな毛玉の姿へと戻ってシャルロッテの膝に飛び乗った。
「はぁ……はぁ……すごかったわ、クレール。あなた、あんなに素敵なお姉さんだったのね」
『ふふ、あんなのはただの影よ。耳慣れない言葉を口にすることもあるけれど、今の私はあなたの精霊。いつか本物の体を手に入れて、あなたの隣を歩けるようになるわ。……約束よ』
「ええ、約束ね」
シャルロッテは蝋燭を消し、柔らかい布団に潜り込んだ。闇に包まれた部屋。けれど、今の彼女にとって闇は恐れる対象ではなくなった。
私は彼女の傍らで、静かに影を広げた。 実験は順調。 私たちは、誰にも知られぬまま「二人で一つ」の最強の精霊術師へと、一歩ずつ近づいていた。
執筆の励みになりますので、続きを読みたいと思っていただけたら、ぜひブックマークよろしくお願いします!評価もいただけると嬉しいです。




