第12話 闇の輪舞
エルザが放った暴走する火炎が、私の「帰無」によってかき消された瞬間、会場は水を打ったような静寂に包まれた。
その中心で、シャルロッテは静かに佇んでいた。
夜の帷をそのまま形にしたような漆黒のドレス。私が影の糸で編み上げたその装束は、会場を照らす魔石の光をすべて吸い込み、彼女の輪郭をこの世のものとは思えないほど鮮やかに浮き上がらせている。
ふと視線を上げれば、貴賓席に座る王太子、エドワード殿下が身を乗り出しているのが見えた。その瞳には驚愕と、何かを待ち望むような熱い色が宿っている。
『……シャル。みんな、あなたに釘付けよ』
私の声に、シャルロッテは微かに口角を上げた。
「視線なんて、どうでもいいよ、クレール。……始めよう。私たちの三年間を。あなたの本当の姿を、見せてあげて」
シャルロッテが優雅に右手を差し出し、私の名を呼ぶ。その瞬間、私は「意識」としての存在を脱ぎ捨て、影の深淵から実体を持って這い出した。会場にさらさらと流れる霧のような闇が集まり、シャルロッテの傍らに一人の女性の形を成していく。
銀糸のような髪をなびかせ、深淵を映した瞳を持つ、幻想的なまでの美貌。私が人型の「上級精霊」としてその場に顕現した瞬間、会場の空気は氷点下まで凍りついたかのような静寂の後、爆発的な動揺に包まれた。
「――人型の精霊!? まさか、上級精霊だというのか!」
「嘘だ……闇の精霊と契約しただけでも前代未聞なのに、あれほどの格を持つ精霊を従えているというのか!」
観客たちの叫びが耳に届く。
人型を成す精霊との契約。それは歴史に名を残す偉大な精霊術師にしか成し得ない、生ける伝説の証明だ。
シャルロッテが動き出す。
私たちの三年間。影の粒子が千変万化の形を成し、宙で複雑に絡み合いながら、銀色の月光を孕んだ夜の女王(月下美人)を咲かせていく。私は彼女の舞に寄り添い、影の翼となって彼女の背後で力強く羽ばたいた。
「嘘よ……あんなこと……あの出来損ないに、上級精霊なんて……できるはずがないわ!」
ステージの端でこれ以上ないほど惨めに這いつくばるエルザの、絶望に染まった悲鳴が響く。彼女のプライドを粉々に打ち砕いたのは、もはや技術の差だけではなかった。
「無能」と蔑んだ妹が、王族ですら拝謁することの叶わぬ高位の存在を、友のように、あるいは影のように寄り添わせているという残酷な事実。
「――お見事だ。伝説の再現を、まさかこの目で見られるとは」
王太子エドワードが、感嘆に震える声で立ち上がり、惜しみない拍手を送った。それを合図に、会場中から地を揺るがすような喝采が巻き起こる。
「素晴らしい! この国の至宝だ!」
「ローゼンバーグ侯爵家の次女と言ったか? これほどの才女を病弱といっていた……ローゼンバーグ侯爵、一体どういうことだ!」
称賛の声は、そのまま鋭い刃となってローゼンバーグ侯爵夫妻へと突き刺さる。
顔を真っ青にして震える侯爵。扇を落とし、醜く口を突き出したままの夫人。
上級精霊と契約できるほどの才能を、家門の都合で「無能」と偽り、幽閉していた。その事実は、精霊品
評会という神聖な場を混乱に陥れた罪以上に、国に対する重大な背信行為として王太子の目に映っていた。
「ローゼンバーグ侯爵。説明を願いたい」
王太子の冷徹な声が、祝祭の余韻を切り裂く。
「病弱で参加は叶わぬと聞いていたが、目の前の才女は、貴公が誇っていた長女を救い、この場を鎮めた救世主ではないか」
「あ、あ、あれは……その……」
父が言い淀む隙に、母――義母が引きつった笑みを浮かべて身を乗り出した。
「わたくし共が出発する際には本当に臥せっており……けれど、シャルロッテ! 元気になったのね!! 嬉しいわ、本当にお母様は心配しておりましたのよ!!」
その白々しい言い草に、会場からは冷ややかな失笑と怒りの声が漏れる。
シャルロッテは、崩れ落ちる家族を一度も見向きもせず、人型の私を従えたまま、形ばかりの最後の一礼をした。漆黒のドレスが舞い、背後に咲いた影の翼が霧となって消えていく。
「ローゼンバーグ侯爵家、シャルロッテにございます。……皆様、私の『快気祝い』を共に祝っていただき、心より感謝申し上げますわ」
その慇懃な言葉に含まれた猛毒に、侯爵家の面々はただ息を呑むしかなかった。
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