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タイトル未定2025/12/30 19:06

 接触の悪い蛍光灯が瞬く。影が揺れる。

 踏んだ影は縫ったのか。

「俺はいつだって言い訳を探している。数字は嫌いだ、言い訳ができない。曖昧さがない」

 俺は言う。

「愛しています」

「月が見えない」

 そう、月は見えない。雷が光る。

「短い希望」

「助けてくれ」

 手を伸ばす。

「その手はなんですか?」

「月が見えない」

「この手は」

 この手は……?

「もう言い訳を探す必要が無い。数字を嫌う必要もない。曖昧さを求めることもない」

 俺は言う。

「あなたの丁寧な話し方は、孤独を知っている優しい人のそれです。だから、この手は」

「ここは寒いし暑い。シーツの上で眠りが死んでいるんだよ」

「月が」

「見えない」

 そう、俺にも月が見えない。


******


 俺は明晰夢を見ない。きっと怠惰だからだろう。もしくはそれが夢か現実かを知りたく無いか、どうでもいいと思っているからだ。

 それなら日曜日は美術館に行こう。あそこは夢に似ている。違うのは入り口で金を払うって事くらいだ。別に財布が薄くなるのは構わない。それこそ、どうだっていいんだ。


 俺はもう失った土曜日を数えるのにも疲れ始めたんだ。悲しいことが多すぎる。なるべく小さな幸せとなるべく小さな不幸せを集めているつもりだが、上手くいかないものだ。

 それに俺は長いこと独りで生き延びてきた気でいたが、どうやらそうでも無いようだ。どうだろうか、首輪の鎖はそんなに太くないはずだ。いや、自分じゃわからないんだ。そこに柵はあるのか?わからない。


 いまにも叫び出しそうな孤独に心が飲み込まれそうで、だからと言って今まで信じようともしなかった神に縁をどうこうしてくれだのと今さら頭を下げる気にもなれない。それに神さまは随分と前から旅行に出てしまったらしい。

 やはり俺は独り、カップ酒を色のついた砂糖水で割ながら飲んでいるし、そうやって消えそうな影を追い続けるしかないんだろう。


 そして俺は気を失う様に眠る。これは偽物の眠りだ。それでも死ぬよりは容易く自意識を手放せる。ミルク色の闇に似た極彩色だ。


 鈍器にも似た夏の太陽が憎しみのこもった光で薄く青い布を引き裂く。俺は目を覚ます。そして自意識を再び握らされる。眠りか終わった時すでに目覚めは始まっている。そこに曖昧なものは何ひとつ無い。

 目覚めは不愉快だ。自分の意思とは関係無く睡眠が終わる。

 目覚めは苦痛だ。眠れば目覚めた時にお前がいないと言う現実に向き合わなければならない。何度も何度も目覚める度に。

 そして思い出を辿ろうにも浅過ぎる歴史がそうはさせてくれない。


 枕や着替えからはとうの昔にお前の匂いが消えてなくなっている。ベッドにもお前の体温なんて残っていない。ここには何もない。それを確認させられるだけだ。不愉快さだけが部屋を満たしている。

 夏の陽射し。煙草。短い希望。

 そうだ。ナイフを持って立っていたんだ。右手に?なら左手には何を?そもそも全てが嘘である可能性は?そう、お前が存在しなかった可能性だ。


 俺がお前について知っている事は無い。


 詮索しないことと知ろうとしない事の差について考えたところでお前についての新しい情報を得られる訳じゃない。存在が曖昧になっていくだけだ。誰の?俺のだ。

 影が薄くなっていく。

 お前のことを考える度に俺の輪郭が曖昧になっていく。お前がいた事が嘘の様に思えることすらある。俺が見た夢なのかも知れない。それは俺が狂っていると言う事だ。現実にお前は存在していたはずだ。

 恐らくな。

 お前がいた時に俺が狂っていなかったらお前は存在していたと言う事になるのか?何も分からない。ただ不愉快な朝がここにあり、それは死の展覧会でもあると言う事だ。入り口で金を払っていない。それだけだ。


 結局のところ俺にとって朝は死そのものでしかないんだ。……いい加減にしろ。俺は狂っているのか?正気でいられる運が無かったのは確かだろうが朝が死そのものだと?少なくとも希望では無いが絶望でも無いだろう。

 つまり朝も生活も苦痛に満ちていると言う事で、もう二度と産まれる事のない様に願って止まない。そう言う話だ。

 恐らくな。

 もう俺には何も分からない。


 しかし例え狂っていても、例え朝が苦痛でも、何であれ生きていくには仕事をしなきゃならない。食事は通販で済ませるにしてもその金を払う為には働かなきゃならない。

 働きたくは無い。

 労働はクソだ。

 だが病院のベッドで寝たきりになりたい訳じゃない。手足が動いて口がきけるなら仕方ない。

 ジャスコしか無い街でセックスだけして生きていく世界、そこで俺と言う存在がいる事について考える。

 チノパンとポロシャツとスニーカー。閉塞について考えなくなった連中の囚人服だ。仕事着のスーツとどんな差がある?


「男性はバイクで転倒した際、胸などを強く打って意識不明の状態に……」


 読みかけの本を鞄に入れて家を出る。俺は書を捨てられない。だが恐らく街にも出ていない。自宅と仕事場の境界線は曖昧だ。むしろそこから出ないのならその結界は同じ意味を持っている。俺は何度生きても川に雛壇を流す事はできない。意味がわからないなら、好きにしたら良い。

 机の上に平積みされた書籍の山が示すものは何か?知性や孤独、暇、倦怠、または憎悪。そのいずれか、その全てだ。

 作家がものを書くのは自分が読みたいものを誰も書いてくれないからだ。ひとが死にたいのは誰も自分が望む死に方を提示してくれないからだ。食べたくも無い食事を食べるのに似ている。生きていくのに必要だと言う理由だけだ。


 読書は緩慢な自殺だ。いつかそのエア拳銃から弾丸が飛び出して俺の頭蓋骨を突き抜け、脳内を駆け回る。そんな夢を見ている。

 だが「死にたいか?」と訊かれると別に死にたいわけでは無いと思う。いや、俺が死ねばお前を一生のあいだ傷つけて縛りつける事ができるならそれもありかも知れない。

 お前が俺の死を知らない限りは犬死だがな。


 どうせお前を殺したところでお前は俺のものになりはしない。それならお前の手が届かないところで俺が死ぬのはあり得る選択肢だ。

 俺がお前の呪詛になり穢れになればいい。祓えるか?手を伸ばせよ王子様、俺がスソの王だ。


 ああ全く馬鹿げているとは思うが、ピアスと言う肉体的な傷の他に何かを遺したいと思うならその精神を深く傷つける他に無いだろう。傷はいずれ塞がる。イカ焼きは要らない。それはビーナス像の欠けた腕にはならない。

 そう、ピアスを開けたんだ。その耳に。俺の記憶が確かならな。

 保冷剤で冷やした耳に「行くよ」と声をかけて針を徹した。肉体の鮮明さに驚いた。皮膚は曖昧だ。肌を何度重ねたところで何もわからないのは当たり前だ。それは肉じゃない。

 皮膚。

 存在を包む曖昧な皮膚。

 俺には薬で眠らせた女の皮膚に女郎蜘蛛を彫る趣味がないが、氷で冷やした耳に穴を開ける事は覚えたよ。歯型の痣を数えておくべきだったな。いや、違う。穴が空いているのは俺の方だ。食い千切られたのは俺の方だ。


 売約済の肌が揺れている。

 胡蝶は飛ばない。都会だからな。


 眠りは不愉快だ。

 俺は明晰夢を見ない。

 眠りは不愉快だ。

 それならいっそ意識を手放さない女とそのまま火に囲まれた方がマシだ。


 俺を置いていくな。俺に飽いたり醒めたり愛想を尽かして離れるのは構わないが、そうでないのなら俺を置いて行かないでくれ。もしもそれが仮面なら今すぐに脱いで置いていってくれ。俺はまだ狂っていないはずだ。


 俺はいつだって言い訳を探している。数字は嫌いだ。言い訳ができない。曖昧さがない。安全装置を外す海から引き返す箱庭、今の箱庭、鈍くなる感覚出られない、言葉と意味に溺れるリボンの王子様ニッカポッカのお姫様

王子様を助けに来る炎の海、その中で抱き合う突き飛ばす、背を向ける、炎の向こうから手が伸びる手を掴む、引き寄せる


******


 捨てる書が無いならスマホを捨てろ。

 街に出ろ。月が見えるか?太陽はどうだ?相変わらず眠りは不愉快だが、そろそろ終わりだ。胸を強く打ったからな、穴が空いてるよ。

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