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「プリクラ行こうよ」


「プリクラ行こうよ」

 クラスの一軍女子、通称ギャル子に言われた。

 高校の教室。眩しい日差しが差し込む午後。窓際の席。

 漫画を読んでいた、黒髪マッシュ瓶底眼鏡の僕は。

「は?」

 そう返すほかなかった。

 なんで僕を誘ったのかわからなかった。退屈な放課後の時間は宿題にでも使おうと思っていた。

 だから、いつも通り漫画に目を落として無視を決め込もうとしたのだ。

 次の一言を聞くまでは。


「あーし、知ってるよ? ——オタクくんが、女の子の格好したがってるの」


 僕はゴホゴホと咳き込んだ。

「ずぼしだー」

「違うわ! だいたいなんでそう思った!?」

 なかば怒鳴りながら尋ねると、彼女は目を細めて告げた。

「あーし、見ちゃったんだー。ショッピングモールで、量産型っぽい服をうっとり眺めてたの」

「うぐっ……」

「あと、プリクラも見てたよねー。男一人じゃ入れないくせに」

「……そうだけどっ」

「しかもそれ、男の子が女の子になっちゃう漫画でしょ? この表紙の子、確かもともと——」

「な、なんで知ってるの?」

「知ってるよー。オタクくんのことなら、なんでも」

 ストーカーかよ。

 しかし、全て図星ではあった。


 ……僕は女の子になりたい。女の子の可愛い服とか見るの好きだし、女の子になって女の子にしかできない遊びもしたいとも思っている。TSものの漫画を読んで妄想することもよくあった。というか今してた。

「でも、その……そんな願望があるとして、それは叶わないからこそ美しいのであって……その、現実にできるわけはないからいいんだから……」

 御託を並べる僕に、彼女はニッと笑い。

「できちゃうんだなー、これが」

「えっ!?」

 ケミカルな色の液体が入った小瓶を出した彼女に、僕は思わず前のめりになった。

「あれー? 叶わないから美しいんじゃなかったの?」

「へあ、っ……」

 茫然自失とした僕に、彼女は薄目を開いて。

「オタクくん。——本当は女の子になって、一緒に遊びたいんでしょ」

 僕に囁いた。思わず、首を縦に振る。


「女の子に、なりたい?」

「……う、ん」

 なにを言ってるんだろう、僕。

 でも、本心に突き刺さった問いかけに、肯定以外の返答を返せなかった。

「じゃあ、このおくすり飲んで……放課後、また会お」

 言って、彼女は僕の机に小瓶をおいた。


 ……これは、本当のことなのか。本当に、女の子になれてしまうのか。

 うるさく拍動する心臓。かたかた震えながら……僕はその小瓶を手にとった。

 もはや、後先など考えられなかった。

 小瓶の先を折って、中の液体を口に垂らし、嚥下した。ドクターペッパーをさらに濃くしたような、甘ったるくてケミカルな味がした。


    *


 ——気がつくと、僕は寝転がっていた。

 ベッド。白い天井。薬品の匂い。——保健室だ。

 起き上がると、違和感に気づく。

 手にサラサラとしたものがかかった。見てみると、それは長く伸びた、黒い髪の毛で。

 それを触る手も、いつもより幾分小さく柔らかく。

 慌てて全身を触ると、全身が柔らかくもちもちしていて。

 股間を触ると邪魔だったものがなくなっていて。

 代わりに胸部は小さいながらもほんのり膨らんでいて。

「……ぼく、本当に……」

 声は、まるで鈴を鳴らしたかのように可憐だった。

「女の子に、なっちゃった……?」


「おめでと、オタクくん」

 小さな拍手が聞こえた。

 ベッドの近くに置かれた小さな椅子。そこに、ギャル子が座っていた。

 頭の片方で結んだ長い金髪を揺らして、僕に笑いかけていた。

「髪、切ってあげる。あと、メイクもしたげよう」

 そう言って、彼女は僕のベッドに上がった。


 しょきしょきと髪を切る音が鳴り響く保健室。

「結構長く伸びたねー」

「あとで掃除が大変だ」

 そんな事を話しながら、僕はギャル子の好きなようにされている。

「……あの、さ」

 話を切り出すと、彼女は「なーに?」と小さく尋ねる。

「…………なんで、僕を女の子にしたの?」

 そう訊くと、彼女の手が一瞬だけ止まった。

「んー……ずっと一緒にいたいから?」

「なにそれ。答えになってないよ」

「そんなことないもん。……オタクくんさ、最近あんまり構ってくれないじゃん」

 唇を尖らすギャル子に「それは……」と言い淀む僕。

 ……幼馴染とは言ったって、クラスのカーストが天と地ほども開けば関わりなんてなくなるものだ。ギャル子のような明るい人種はともかく、僕のような日陰者は友達の一人すらできやしない。

「あーし、知ってるよ? ——オタクくんがずっと、生まれ変わりたいって望んでたの」

 言われて、僕はようやく自分の願望を理解した。

 ……本当は、彼女と一緒にいたかった。友達と遊んで帰るような日々に、憧れてた。

 女の子になれば、少しは変われるんじゃないか。そんな叶いもしない願望を抱いていた。

「その上で言うけど、あーしはいまでもオタクくんのことが大好きだよ?」

「女の子になったから?」

「ちがうよ。……また、子供の頃みたいに楽しく遊びたいなーってずっと思ってたの。女の子にしたのは、そのための手段なの」

 そう告げる彼女に、僕は少し俯いた。

「……きっとぼく、なんにも変わんないよ?」

 わかってはいた。たかが性別が変わったくらいで、性格の本質が変わるわけじゃない。

 けど。

「前を向いてっ!」

「いだっ! 髪引っ張んないでよ!」

 後ろ髪を物理的に引かれ、前を向いた。


「じゃーん!」

 鏡の前に、黒髪の美少女がいた。

 肩くらいまで伸ばした黒髪を、ギャル子とは反対側でくくったサイドテール。少し幼気な顔立ちの美少女が、目の前に差し出された手鏡の向こう側にいた。

「……これだけでも、だいぶ変わったと思わない?」

「へ……うん」

 思わず頷いた僕に、彼女はニコッと笑った。

「ほら、ちょっとだけ変われたじゃん」

「あっ……」

 それとこれとは違う気もするけど……でも、それでもいいなんて思わせてくれた。

「これから軽くメイクもしてあげるね。……そしたら、もっとかわいくなるから!」

「……はい、お願いしますっ」

 鏡に写った僕は、少しだけ笑っているように見えた。


「メイク終わったらさ、一緒にプリクラ行こ。そんで、いっぱい撮ろーよ。——サイコーにかわいいあーしたちを、さ」


    *


「オタクくん、最近変わったよねー」

 教室。窓際の席。ギャル子は僕を見て、ニッと笑った。

「……性別ごと変わってるんだから、そりゃあね」

「それでも変わったってー」

 笑いかけてくる彼女に、僕は小さく伸びをした。

 ……男子の視線が突き刺さってきて困る。お前らそんなに瓶底眼鏡の小柄女子が好きなのか?

 唇を尖らせながらサイドテールの毛先をくるくるいじる僕。「すぐに慣れるって」なんてギャル子は笑う。


「……その、ありがとう」

 不意に口にした一言。

「どういたしまして。……なにが?」

 ノリツッコミみたいに尋ねる彼女に、僕は僅かに目を細めた。

「その……色々教えてくれて」

「どんなこと?」

「えと、ブラの付け方とか……生理の対処とか……」

「それだけ?」

「あと……女の子の服の選び方、とか……あと、女の子の遊びとか……っ」

「よく言えました! ほーびに頭を撫でてしんぜよう」

「んひゃっ……えへ、ありがと……」

 優しく頭を撫でてくれたギャル子に頬を染めつつ、僕は減らっと笑いながら息をついた。


「……きょうは、どこいこっか」

「神社でフォトジェな写真とっちゃう?」

「海行ってもいいかも。映えるってやつ」

「そのあと温泉でも行っちゃうー?」

「それはまだ早いかなぁ……」


「じゃ、またプリクラ行っちゃう?」

 ギャル子はそんな事を言いながらスマホを出した。

 その裏には、一枚の写真。金髪ギャルと黒髪女子のツーショット。……僕のスマホとおそろい。

「えー、いいの?」

「いーのいーの! トモダチとの思い出は、いくつあったって足りないし!」

「そっか。それもそうだねっ」


 チャイムが鳴った。これから終礼。僕らは急いで座席についた。

 起立して、礼して、着席。退屈な先生の話を聞いて——。

 ——それが終われば、楽しい放課後がはじまる。


 どんな事が起こるんだろう。

 わくわくする予感に、思わず背筋が伸びた。


Fin.


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