線香花火の思い出
倒れてから早3日。
この暑さでただでさえ食べられないというのに、食欲がわかず、体力は落ちる一方で。
さすがに病院に行こうと言われ、父さんに車を出してもらった。
「ごめん、父さん。忙しいのに」
「何言ってるんだ、気づいてやれなくてごめんな。それに、最近前より浅緋と距離が近づいた気がしてたから。頼ってくれて嬉しいよ」
「…ありがと」
軽い栄養失調だと言われた。
点滴をしてもらって、いくらか楽になった。
ただでさえ自宅でしか食べられないのに、さらに食べていなかったのなら、まあ、当然の結果だ。
帰りの車内で、数日まともに確認していなかったメッセージアプリを確認する。
■尾浜
7月28日
浅緋、今日の俺見てくれた?かっこよかっただろー!
7月30日
浅緋、元気ー?夏休み入ってから卵焼き食べてないからそろそろ恋しいな、なんて。
8月3日
あさひ、元気?もうすぐ商店街で夏祭りやるらしいぞ!暇ならどう?
8月6日
おーい、大丈夫ー?今日暇だからちょっくら遊び行く!
8月6日
今日、ごめんな、無理やり押しかけて。無理すんなよ!
元気になったら、花火しよーぜ!
尾浜以外に連絡を取る奴なんて特にいなくて、
あいつらしい文がいくつも並んでいる。
なんかやけに…
「会いたいな…」
「ん?浅緋、なんか言った?」
「あ、いや。何も言ってない。ごめん」
とりあえず、体力を回復しなくては。
お気楽なあいつに会うには、このままでは無理だ。
それから数日。
薬と、とりあえず食べられるようになったものから食べて、回復に専念した。
ようやくふらつかなくなった頃、
尾浜に連絡をすることにした。
■尾浜
この前は悪かったな。回復したから、飯食いにくれば。
送信して数分
ピコンッと受信の音がする
よかった!明日行く!
メッセージのすぐ後に、あいつがよく使うキャラクターのスタンプが送られてくる。
なんとなくあいつに似てる気がする。
翌日、本当にすぐやってきた。
「浅緋、心配したんだぞ!」
「悪かったって。母さんに連絡してくれてありがとな」
「お母さん、めっちゃ心配してたんだからな。…あんまり心配かけんなよ」
「…そうだな。あー、そんで、とりあえず礼と言ってはなんだが、お前の好きなものを作ってみました」
「おおー!!さすが浅緋!わかってるー!!」
リクエストのあった卵焼きに、唐揚げ、ハンバーグ。
サラダに野菜スープ。
「そんでこれが仕上げの…」
ハンバーグに小さな旗のピックをさす。
「これは…」
「名付けて尾浜専用お子さまランチプレート…なんてな。俺は病み上がりだからまだそんな食えないから、好きなだけ食えよ」
「いただきまーす」
目をきらきらさせながら口いっぱいに頬張る。
相変わらず、美味そうに食うヤツ。
「そういえば、花火しないとな!」
もぐもぐと、相変わらずハムスターのように頬張りながらそんなことを言う尾浜。
「は、あれ本気だったのかよ」
「当たり前だろ。後で買いに行こーぜ」
「もうそろそろ時期外れで売ってないんじゃないか」
「ちょっと値引きされてるんだよ、これが。むしろ高校生にはありがたい」
にかっと笑ってまたもぐもぐと食べ出す。
よく見るとハンバーグのソースが口元に付いている。
わんぱくかよ…。
「尾浜、ソース、付いてる」
「え、どこ?」
「そこ、口元」
「ここ?」
「違う、こっち」
「ここ?」
「だっ!違うここ!」
もどかしくなって思わず手で拭いてやると、
一瞬固まって、またもぐもぐと食べ始めた。
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夕方になって、少し外が暗くなり始めた頃、
二人で花火を買いに出かけた。
値引きワゴンの中に、手持ち花火がいくつか入っている。
適当に見繕って、買って帰った。
「この辺住宅街だからなぁ…花火しても怒られないとこなんかあったかな」
「…海行くか!」
「は?もう夕方だぞ」
「バカ、夏休みだぞ、海行って花火してナンボだろ!」
「はぁ…晩飯の支度してからな」
何故か分からないが、俺はこいつの押しに弱い。
「よし、んじゃぱぱっと支度して行こー」
まあ、支度と言っても夜にも食べられるように多めに作ったハンバーグを焼いて味付けを変えたソースに和えるくらいで、後は適当に副菜とかつければいいか…。
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本当にぱぱっと支度をして、電車に揺られて少し。
近くの海岸を二人で歩く。
珍しく、尾浜が静かで、妙に居心地が悪い。
「尾浜、まだ歩くのか…?」
「んぇ?あぁ、この辺でいいか!」
持ってきた手持ち花火をつけ、手元が明るくなる。
「尾浜、次どれにする…?…おーい」
「…んー、これかな」
「ぼーっとしてるとケガするぞ。…どっか具合悪いのか?あ、昼間食いすぎた?」
「いや…全然平気」
「んじゃなんかあったのか?」
「んー、浅緋さ、そろそろ名前で呼ばない?俺のこと」
「は?」
「誠治朗って長いのは分かるんだけどさ、せっかく仲良くなったし…その…どう?」
珍しく遠慮がちにこちらを伺ってくる。
まさか、それを聞くだめだけにこんなに静かだったのか、こいつ…。
「…っ…せ、誠治朗。…これでいいか」
「っ、!うん!いい!」
呼びなれない響きに、戸惑う自分がいる。
目の前には、やけに嬉しそうな顔をした誠治朗。
「うわ、蚊に刺されたかも!かゆーっ」
さっきまでの静けさはどこへいったのやら。
「ほら線香花火やったらそろそろ帰るぞ」
「え、もう帰んの?」
「遅くなると補導されて面倒だろうが」
「まあ、確かに」
「んじゃ、線香花火長く残ったほうが勝ちな」
「おう、受けて立つ」
そんなに本数は入っておらず、3回勝負で2勝したほうが勝ち。
一本目は俺の勝ち。
二本目は誠治朗。
最後の一本になった。
別に何か取られるわけでもないのに、手元の火花に集中する。
段々小さくなって、もうじき地面に落ちてしまうかという頃
「浅緋、あのさ」
「なんだよ、今めっちゃ真剣に…」
「俺、浅緋のこと好きだよ…」
多分、二人ほとんど同時だったと思う。
ぱたっと火花が落ちて、さっきまでわずかに照らされてた手元が暗くなった。
「誠治朗、今なんて言った?」
「俺、浅緋のこと好きだよ」
二人の足元に灯ったわずかな灯りが
しっかり見つめている誠治朗の視線がこちらに向いているのを照らす。
「それは…どういう…」
「…ちょっと、浅緋、目瞑って」
「は?」
「いいから、目、瞑って」
言われるがまま、目を瞑った。
緊張で、カサついている唇に、何か触れた。
「ん、もういいよ。これで伝わった?」
「あ…え…と…あの…」
「もう一回する?」
頭がよく回っていないのだけ、よくわかった。
気づいたら頷いてたし、2回目は力強く引っ張られた勢いで、さっきよりしっかり実感した。
「まだ分かんない?」
「いえ、十分です…」
全くもって情けない話だが、その後、自分がどう返事をしたのか、どうやって帰ったのか記憶にない。
気がついたら家にいて、
その次に気がついたら、夜が明けていた。




