茹だるような暑さの中で
弁当を作った日から、少しずつ、尾浜と昼飯を食べる日が増えた。
週2回だったのが、週3、4日のこともあって。
月曜日は、尾浜の分も弁当を作ることが多くなった。
そして、週末は大体買い出しに尾浜が付き合い、うちで過ごして帰る。
二人で喋りながら弁当を食べているところに、木下先生がいらっしゃって、ものすごく驚いていた。
「八束、大丈夫なのか?」
「あ…なんかとりあえず、こいつとなら大丈夫みたいで。まだ教室とかで食べてないんで、分かんないんですけど…」
「そうか、どうせこの部屋滅多に使わんからな、今までどおり使って大丈夫だ」
「すみません、ありがとうございます」
「先生、八束の卵焼きめちゃうま!知ってます?」
「いや、レシピは聞いたが食ったことはないな」
「あ、ごめん先生、俺食べちゃったからもうない!」
「よかったらまた今度先生にも作ってきますよ、卵焼き」
「お、そうか!楽しみにしてる!」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
そんなこんなで、夏休みになった。
夏期講習を終えて、帰ろうと廊下を歩いていると、珍しくジャージ姿の尾浜に会った。
「あれ、浅緋今帰り?」
「あぁ、尾浜は…部活か?」
「急にバレー部の助っ人頼まれてさ、先輩の頼みだから断れなくて…あ、ちょっと見ていく?」
「ん…あぁ、少しくらいなら」
「尾浜ぁー!先行ってるぞ」
「あぁ、すぐ行く!ギャラリーか、入り口からも覗けると思うから。んじゃ!」
あいつ、助っ人頼まれるほどだったのか。
が、最初の感想だった。
いつもなら、行かなかったと思う。
ましてやバレーボールなんてルールもよく知らない。
それなのに、なぜか足が向いた。
どうやら、他校との練習試合らしい。
「あれ、八束…だっけ」
「ええと…」
「あ、ごめん急に。誠治朗と同じクラスの日比谷兵助」
「あぁ、日比谷って…君か」
「ん?」
「あ、いや。尾浜が幼馴染がいるって前に言ってたから」
「あ、誠治朗が話してたのか。あ、そろそろ始まるね。よかったら少しだけ一緒に見ようよ。俺も誠治朗に誘われたんだ」
「あ、あぁ」
誘われるがまま、日比谷とギャラリーへ上がって、試合を観ることになった。
いつもはおちゃらけている尾浜の、真剣な顔から目が離せない。
「どう?誠治朗は」
「え?」
しばらく見入って、全く意識していなかった隣から、日比谷が話しかけてくる。
「誠治朗、いつもと違ってかっこいいでしょ」
「あ、まぁ」
「俺、あの真剣な顔好きなんだよね」
「そうなんだ」
「でもそれ以上に好きなのがさ」
ちょうど1セットが終わり、ベンチに戻るタイミングで尾浜がこちらに気づいた。
ものすごい笑顔で手を振ってくる。
それに日比谷が手を振り返す。
「ね、可愛いでしょ!」
急に隣の日比谷が満面の笑みでこちらに同意を求める。
大きな目でじっと見られると、ドギマギする…。
「あ、いい笑顔だと…思う」
「だろー?うちの誠ちゃんは笑うと可愛いんだよ」
そう言って日比谷は嬉しそうに笑った。
…なんだ、このモヤッとする感覚は。
暑いせいか。それとも…。
「あ、日比谷悪い。そろそろ俺は帰るよ」
「そっか。俺はもう少し見ていく。じゃあ、また」
「あ、あぁ」
外は茹だるように暑くて、頭がボーッとする。
早く帰って横になろう。
そう強く決心して帰り道を急いだ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
それから数日、尾浜から連絡が来ていたものの、なんだか読む気にもならなくて、そのまま放置していた。
まあ、読まなかった俺が悪い。
が、
「なぜ突然訪ねて来るんだ…」
「だって浅緋返事くれないから、具合悪いのかと思って来ちゃった」
「来ちゃったじゃない、来ちゃったじゃ…」
「あ、昼飯食べた?まだなら素麺食べよー」
「おい、こら…はぁ…」
こいつはちゃっかり家に上がるほど、何度も来ている。
「あれ、今日一人?」
「二人とも仕事だよ」
「あ、そうか。大人は仕事かぁ」
「ん、出来たから運んで」
いつの間にか、"誠ちゃん用"という箸と食器が我が家に増えていた。
母さんが"みて、これ可愛いでしょー?"と買ってきたのだ。
「お、さんきゅー。ね浅緋、やっぱ具合悪い?」
「あ?暑いのに急に訪ねてくる奴がいるからだよ」
「へぇ、大変だな」
「お前のことじゃ」
妙にイラッとしてデコピンをかましてやった。
「いってぇ…悪かったけど…心配だったんだから仕方ないだろ」
「…夏バテだよ。ほら早く食え」
"俺、あの真剣な顔好きなんだよね"
ふいに、日比谷の言葉を思い出した。
"うちの誠ちゃんは笑うと可愛いんだよ"
別に、思い出したかったわけじゃない。
それなのに…
「あさひ?どした?」
なんだか、気持ち悪い。
「あ…悪い。ちょっと」
久しぶりの感覚に自分でも驚いた。
急いで洗面所に向かった。
ここ数日、暑さでまともに食べられていなかったのもあるが、なんだか尾浜の視線が、あの日の日比谷のまっすぐな視線に重なって、違うのに、なんか…。
「浅緋っ…!大丈夫か?」
黙って食べてりゃいいものを…。
まあ、気になるか。そういう奴だ。こいつは。
戻すようなものも食べてない。
込み上げるのは胃液だけ。
背中を擦る手がやけに心地良い。
くらっとして、そのまま意識を手放してしまった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
目が覚めると、自分の部屋のベッドの上だった。
傍には眉毛がぐんと下がった尾浜がいた。
「あ、目覚めた?気分は…?」
「あぁ…少し良くなった。悪い、昼飯の途中だったのに」
「いや、俺こそごめんな。浅緋具合悪そうだったのに無理やり押しかけたから」
「いや…ほんとにただの夏バテだから。気にしないでいい」
そうだ、これはただの夏バテ。
そう、夏バテだ。
「お母さんも帰ってきたから、そろそろ俺帰るな…その……お大事に」
そういって帰る背中にはしょぼんと書いてあるかのような
なんとも情けない後ろ姿だった。
コンコンコンッ
「浅緋、大丈夫?ごめんね、お母さん具合悪いの気づいてあげられなくって…」
「あ、いや、自分でも気づいてなかったから」
「…最近ご飯あんまり食べてなかったもんね」
「それはもともとだし…」
「そうだけど…誠ちゃんとご飯食べてから、前より少し食べられるようになってたからさ。まあ、ひとまずよく休んで、食べられるようだったら、食べればいいし。無理しなくて大丈夫なんだけど、倒れる前にちゃんと教えて?お母さん心配で飛んで帰ってきちゃった」
「あ…ごめん」
「誠ちゃんが連絡くれてよかった。後で何かお礼しなくちゃね。あ、ごめん喋りすぎた。お母さんご飯作ってるから、何かあったら声かけて」
あいつが連絡してくれたのか。
通りでいつもより早く母さんがいるわけだ。
後でちゃんと礼をしよう。
とりあえず、この気持ち悪さが早く良くなればいい。
そう願って、再び眠りに落ちた。




