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お父さんのお話


よく晴れた空の下、ホテルの庭園で、両父親は話し始めた。


「すみません、急に連れ出してしまって」

「いえ、こちらこそ、不躾に失礼なことを…」

「いえいえ。ご心配いただいて、ありがとうございます。そうですねぇ…少し昔話にお付き合いいただけますか」

「ええ」


「うちは、息子と血が繋がっていないんです。浅緋は、妻が腹を痛めて産んだ子ではありません」

「え…」


「結婚して、孫はまだか、孫はまだか、よくうちの親族にせっつかれました。まあ、時代ですかねぇ…。私たちは、もし授かれば幸せ、もし授からなければ、それはそれで楽しく暮らしていこうと考えていたので、帰省するたびにそんな状態で、段々、うちの実家へは帰らなくなりました」

「そうですか…」


「二度、授かりましたが…残念ながらどちらも流産でした。どちらも、実家には伝えませんでしたが…、落ち込む妻を見ているのはこちらもなかなか辛くて。妻のせいではないのに。

そんなとき、実家から連絡が来ました。姉が育児放棄をした上に失踪した、と」

「…では浅緋くんは…」

「ええ、姉の子供です。浅緋は、赤ん坊の頃からなかなか食べない子でした。それが、姉には耐えられなかったのか、ほかに原因があったのか…わかりません。とにかく実家へ向かうと、まだ数か月の浅緋がそこにいました」

「…」

「思わず抱き上げると、泣き出しました。まだ小さな体で、落としたら壊れてしまうかと思いましたよ」



「妻に伝えると、一緒に育てようと言ってくれました。その言葉にどれほど救われたか。うちに引き取って、育て始めると、まあ、うまくいかない事ばかりで」

「子育ては…そうでしょうね」

「とにかく食べてくれないのが辛くて。何度も医者に相談に行きました。幼稚園に入っても、他の子供より小さくて。先生方には、家で食べさせるよう、何度念を押されたかわかりません」



「うちの息子が、人と食事をするのが苦手なことは、ご存知ですか?」

「ええ、息子から少し…」

「そうですか。小学校に上がってからも、家でも、学校でも、なかなか食べられませんでした。通知表には、食事の際に落ち着きがない、と書かれたことがあります。私たちは、それに気が付きませんでした。家では、そんなことはなくて、ただとにかく少ししか食べない。それだけだと思っていたので」


「妻が学校から呼ばれて、先生から説明されました。家に帰ってきて、理由を聞いても話してくれないことに、妻は泣き出してしまって。息子の前で泣いたのは、それが初めてでしたね…。その後、浅緋は我慢するようになりました。まさか、倒れるほど我慢させてしまっていたと気づいたとき、ずいぶん二人で泣きましたよ」

「倒れた…?」


「ええ。とにかく、給食の時間は気持ち悪くなるのを我慢していたようです。

倒れてしまって、さすがに正直に話してくれました。"人と食事をすると気持ち悪くなってしまう。見られているのが辛い"、と。会食恐怖症、というもののようです。

それから、学校では保健室で、家では時間をずらしたり、部屋で食べたりと、とにかく息子が食べられるように、協力しました。」

「そうですか」


「ある時妻が、一緒に料理をしてみようか、と浅緋に声をかけました。最初は、米を炊くだけ。何度も何度も失敗して、水の入れすぎでおかゆのような白飯が出てきたこともあります。それから、だんだん、皮をむいたり、野菜を切ったり、出来ることが増えていきました。浅緋が一人でカレーを作り上げた日、感動して何杯も食べたのが、昨日のことのようです」





「それでも、食事はバラバラでした。同じものを食べても、食卓を囲むことができない。…正直、寂しかったです。私も、妻も。息子はそのことに引け目を感じていたのか、なかなか、会話もしてくれなくて」

「先ほど、仲良く会話をされていたように思いましたが…」

「それは、先ほどお話した通り、誠治朗君のおかげなんですよ」

「息子の?」

「ええ、高校に上がってから、木下先生という先生が、息子の事情を聞いて、昼休みに一人でも食事をとれるように部屋を貸し出してくださったそうなんです。そこで、誠治朗君と仲良くなったようでした。それから、少しずつ先生や誠治朗君のことを家で話すようになって」



「誠治朗君にお弁当を作ることになったといって、あの子たち、二人で買い物に出かけましてね。その日初めて誠治朗君に会ったんですが、二人でカレーを作ってくれました」

「…あいつが、カレーを?」


「皮を剝いただけだ、なんていっていましたが、その日のカレーは、幼い息子が一人で作ったカレーと同じくらい美味かったんですよ。何年ぶりだったかな、浅緋と一緒に晩御飯を食べたのは」

「浅緋くんも、一緒に?」


「ええ。私も妻も驚きました。でも、誠治朗君をみてよくわかりました。彼は本当に美味しそうによく食べる。こちらもつられて食べ過ぎてしまうほど」

「まったく…お恥ずかしい…」

「いいえ、褒めてあげるべきです。それからですよ、浅緋が私達と一緒に食事をするようになったのは。少しずつ、一緒に食べることが増えて、その分、会話も笑顔も増えました」

「…それは、よかった」




「ですから、私たちは、とても感謝しています。彼と一緒にいるときの息子は、私たちからみても本当に楽しそうで…。あの子たちがいてくれたら、孫だとか跡継ぎだとか、心の底から、何とも思いません。妻も、きっとそういいます。もし、おたくのご家族にも息子を家族のように迎えていただけるのなら、こんなに嬉しいことはありません。…いかがでしょうか」




「…難しいことを考えていた私が愚かでした。先ほどの失礼な発言、撤回させてください」


「…よかった。もし断られたら、息子に格好がつかないところでした。ありがとうございます、尾浜さん」

「いえ、こちらこそ、自由な息子ですがよろしくお願いします」

「今度ぜひ、みんなでトランプしましょう!うちの家族はなかなか強いですよ」

「…そうですか。うちの子供たちも喜びます。ぜひ」



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「浅緋…俺、ちょっと今行けないぃ…」

「馬鹿、泣くなよ…」

「お前もちょっと泣いてるだろ…ぐずっ…幸せにします、浅緋ぃ…」

「…馬鹿、二人でなるんだろ」


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少し前。


「あら、まだ帰って来ないねえ。浅緋、ちょっと見てきたら?」

「そうね、誠ちゃんもちょっと見てきてよ。そろそろデザート食べたいかも」

「あ、確かにそうですね。何があるんだろう…」

「お母さん達メニューみて決めてるから、行っておいで」



母親達にそう言われて、二人で探しに出た。

ロビーにはいない。ラウンジ、庭園、と見て回るうちに、庭園の奥で、二人が話しているのが見えた。

話しかけようと思ったが、どうやら、まだ話の途中のようで。

きりのいいところで声をかけようと、陰で待ってみることにした。



盗み聞きするつもりはなかったが、思わず会話に聞き耳をたててしまう。

途中からだったけど、穏やかに、嬉しそうに話すおじさんの言葉は優しくて、温かくて。

思わずぼろぼろ涙で溢れて、出るに出られなくなってしまった。



俺が涙を拭いている間に、浅緋が声をかけに向かった。



「父さん、そろそろデザート食べたいって。母さん達が」

「あ、そうか。デザート!何がありますかね、尾浜さん、行きましょうか」

「ええ」



「あれ、誠ちゃんもいたのか。…どした?」

「なんでもないです。ちょっと、目にごみが入って」

「それは大変だ。見せて」

「大丈夫、おじさん、大丈夫!」

「ええ、そう?ならいいけど。あ、お母さん達大丈夫だった?」



おじさんが、俺を連れて歩きだす。

後ろを気にすると、

「誠ちゃん、大丈夫だよ。いいお父さんだね」


と小さく言われてはっとした。

浅緋が父と話せるように、俺と歩き出したんだと。


「誠ちゃん、浅緋のことよろしくね」

「…はい!」


少し先に、部屋へ向かう。

デザートは何かと、話しながら。





ちょこっと裏話

浅緋の名前は、本当は朝陽くんの予定でした。というのが、物語上の裏設定です。


元々書いていたお話では三郎くんなんですが…

ので”さ”が名前に入るようにしたくて、ちょっと画数とか謎に気にしてみたら

この漢字がよかったので、ちょっと変わった漢字のあさひくんになりました。

が本当の裏話です…笑

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