甘いお菓子のその後でーside誠治朗
たった1コマ分の時間。
木下先生に見逃してもらって、ようやく出来た二人の時間。
椅子に座って、一息つくと、三郎から謝られた。後半、何も覚えていない…と。
わかった、時間くれ、連絡するまで待っててくれ、とあんなにはっきり言った癖に…何一つ覚えていないとは…。
つい、そうなら早く連絡がほしかった、という言葉が口をつく。
一言一句、余すことなく言われたことを告げ、駅で俺のことを心配してくれたことまで伝えて。
それでも思い出せないらしい。
面を食らった顔ですぐにわかる。
「だから俺ずっと待ってたんだよ。いつも俺から連絡するから、めっちゃ我慢して…おかげで夏休みの終盤、兵助のトマト地獄に付き合わされてえらい目に遭ったんだからな」
思わず三郎のせいではないトマト地獄のことまで口をついて出てきた。
そうだよ、もっと早く連絡くれたら、あんなにトマトを見ることもなかったかもしれないのに…。
ぶつぶついう俺に、浅緋が謝ってくる。
…でも、よく考えたら…
つまり浅緋も、俺からの連絡待ってたってこと?
いつもならしない自分からの連絡をしてくれるくらい、俺のこと考えてた…てこと?
散々我慢していたことを吐き出したら、それまで考え付かなかった答えにたどり着く。
わざわざ、卵焼き作って、待ってたってこと?
…ならもういっか。俺が考えてた分、浅緋も俺のこと考えてくれてたなら。
急に目の前が明るくなった感じがした。
ま、いっかと卵焼き作ってきてくれたなら食べたいな、と尋ねると、卵焼きは口実で…とかもごもご言い出す。
卵焼き食べられると思って走ってきたのに。
そう膨れると、ある、とおずおずと浅緋の弁当箱より一回り大きい入れ物を差し出された。
なんだ、ほんとにあるじゃん。食べようと入れ物を開く。
俺の好きな、浅緋の卵焼きだ。
ふと、一緒に渡された箸を見ると、いつも浅緋の家で使わせてもらっている、"誠ちゃん専用の箸"。
浅緋が弁当を作ってくれる時は、自分の家のものだから、目に付いたその箸に思わずときめいてしまった。
わざわざ、俺のために、箸まで…。
嬉しくなって、卵焼きを一口。
「うまぁ…」
思わずこぼれた一言に、浅緋が、なんだか嬉しそうにしている。
あっという間に、卵焼きを完食。
でも、なんか…いつもと違う甘い匂いがする。
お菓子…?
浅緋に聞くと、ぎくりとして、ものすごく気まずそうに、何か取り出した。
「あ、これ。お前に…作ってきた」
薄いブルーの包装に包まれた、クッキーとカップケーキ。
え、俺に…作ってきてくれた…?ラッピングまでして…?
「え、俺に?浅緋、お菓子も作れたの?すげぇ!」
感嘆の声が出た。まさか料理だけじゃなかったとは…。
浅緋が言うには、カップケーキじゃなくて、マフィンらしい。
まあ、どっちでも嬉しい。
食べてもいいか聞くと、「ど、どーぞ」なんて返ってきた。
…可愛い。陽光に、負けず劣らず。
マフィンに一口、かじりつく。
甘くて、美味しい。
「ん、んま…」
もぐもぐとして、飲み込んだ。
「ね、浅緋、めっちゃ美味しい!」
俺の顔を見て、一瞬浅緋が止まった。
あれ、なんかおかしなこと言ったかな。
急に不安になる。
「誠治朗、好きだ」
あれ、今なんて言われたんだ…?
「え?」
聞き返すと、聞きたかった言葉が返ってくる。
「俺も、お前が好きだ」
あんなに聞きたかった言葉なのに、いざという時に、何も反応が出来ない。
あの日の浅緋と同じ…。
「ほんと…に?」
「確かめてみる?」
確かめるって、何を…。
浅緋の手が、俺の頭をそっと引き寄せた。
思わず、目を閉じる。
あ、いま幸せだな…としか思わなかった。
ほんの一瞬だったと思う。あれ…もっと長かったのかな…。
名残惜しいその唇は、すぐに離れた。
おでこをこつん、とぶつけられる。
「木下先生には内緒だぞ」
あ、
"やましいことはしないので"
さっき木下先生に俺が言った言葉…。
「は、はい…」
小さな声で、頷いた俺を見て、浅緋は笑った。
そして、もう一度、俺は目を閉じた。
次回から大人軸に飛びます。




