待ち遠しい新学期-side誠治朗
勢いで告白とキスまでかましてしまった俺は、残り数日の夏休みを忌々しく思い始めていた。
来ない。何も、連絡が。浅緋から。
鳴らないスマホを何度も確認する。
通知、なし。
いや、まだ数日。でも数日経ってる。
うんうんと唸る俺に、「兄ちゃん…大丈夫…?」と心配してくれる陽光。
俺の弟、可愛い。思わず陽光を抱きしめると、「何、兄ちゃん、なにっ!?」と慌てている。可愛い。
ピコンとスマホが鳴った。コンマ3秒。ばっとメッセージを開くと、兵助だった。
"夏休み中に、新作のトマト料理作ってみたんだ!食べに来ない?"
思わず冷や汗が流れた。
多分、それは少しなんて可愛いものじゃない。
絶対、他にもずらりと並ぶはずだ。
いや、遠慮しとこうかな、なんて返せば
"村上と風見も誘ってみたんだ!誠ちゃんもおいでよ"
あの二人だけを、兵助のトマト地獄に遭わせるなんて、俺はそこまで鬼じゃない。
わかった、と返信して、一つため息をついた。
兵助との約束の日、わくわくした様子の村上と風見を見て、ああ、お気の毒に。と思った。
兵助のトマト好きは、ちょっと、ランクが段違い。
兵助の部屋に案内され、二人は、「新作、楽しみだな」なんて言っている。
目の前にどんどん運ばれてくるトマト料理に、笑っていた二人もだんだん笑顔が引きつってきた。
「日比谷…?これ、全部作ったの…?」と村上。
「話には聞いてたけど、ここまでとは思ってなかった…」と風見。
「ん?そうだよ?」ときょとんとした兵助。
一つずつ説明を始める兵助。
それを聞く村上、「なあ、もう食っていい?」の風見。
「あ、美味い」その一言ににっこりとして、「だろ?どんどん食べて!まだまだあるから!」の一言に、怯えたのは、俺だけではない。
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恐怖のトマト地獄を終えて、浅緋からは何も連絡がないまま、新学期を迎えた。
"待ってて"の一言がつきまとって、自分からは何も連絡することが出来ない。
昼休み、いつもの指導室に行ったら会えるのに。
会ったら、多分、"なんで連絡くれないんだ"の一言を言ってしまいそうで。
それに…俺はそういう風に見れないとか言われたら、絶対傷つく。
あの日は引かれてもいいや、なんて思ったのに。
「はぁ………」
「どした、尾浜」
「なんだ、また悩み事か?」
一緒にトマト地獄を味わった俺たちは、前より多分仲が良くなっている。
「いや…。待つのってつらいなあと思って」
「…なんだ、なんか進展あったのか?」
「え、何、告った?ついに?」
「…まあ、そんなとこ…」
「え、尾浜やるじゃん!」
「お前は出来ると思ってたよ!!」
「いや、なんで颯が偉そうに言うわけ?」
「いいだろ、そう思ってたの、俺は」
やいやい騒ぐ二人を横目に、なんだか日課になってしまった通知の確認をする。
「はぁ…来てない…」
「え、また連絡来ないの?」
「なんだよ、聞きにいけよ早く」
「時間くれって言われたんだよ。自分から連絡するから、待っててほしいって」
「…健気だな、尾浜」
「うん…なんか俺、尾浜のこと好きだわ…」
なんでこいつらはいつもこんなにテンポがいいんだ。
そう思いながら、また一つ、ため息をついた。
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新学期が始まって、約二週間。
そろそろ限界が近い。聞きに行こうかな、隣のクラスだし、とか。
昼休みに会いに行こうかな、もはや顔を見るだけでもいい。
わりと、禁断症状のように毎日ムズムズとしていた。
そんな俺を見て、村上と風見は先に連絡が来るか、俺の我慢が限界を迎えるかをかけていた。
笑い事じゃない。新学期になったら毎日会えると思ってたんだ。
まさかこうなるなんて、思ってなかった。
その日の夜。寝る前に通知が来ていないか確認する。
「来てない」
もう何日目だろう。俺、嫌われちゃったのかな…。悲しくなって、そのまま寝落ちた。充電もせずに…。
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「誠治朗、いつまで寝てんの?遅刻するよ?」
母さんの声で起きる。
がばっと起き上がって、時計を見る。あ、ヤバい。
スマホを掴んで、慌てて着替えて家を飛び出た。
くそ、通知見るの忘れた!
朝の通知の確認する暇もなく、ギリギリで滑り込んだ。
「お、尾浜寝坊か?」
「珍しい、夜更かししたのか?」
なんて、村風コンビに茶化される。
1限目が終わって、スマホを見ると、充電が切れていた。
「あ、わり。誰か充電器持ってない?」
「俺持ってる」
「充電すんの忘れて、切れちゃって。貸してくれない?」
「いいよ、大事だもんな」
風見に借りて、充電させてもらった。
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その日の昼休み。
購買でパンを買って、教室に戻った。
思い出して、スマホを起動する。
通知が…1件。
急いでアプリを開いて確認する。
AM1:16
"卵焼き焼いていくから、明日昼、どう?"
浅緋から、初めて誘われている。
いつもは俺の誘いの返答ばかりなのに。
時計を見る。残り、15分。
「風見、充電器ありがと!!ちょっと、行ってくる!!」
「おう、頑張れよー」という風見と
「え、ついに来たの!?」という村上の声が遠くなっていく。
「こら、廊下走るな!」
すれ違う先生も気にならない。
とにかく走った。夢中で。
ガラッと勢いよく扉を開けた。
浅緋が、片づけをしているところだった。
「ご、ごめんあさひ…っ!!あの、い、今みて…あ、充電、きれてて、あ、だから、あの…っはぁっ、は、」
息がきれて、うまく言葉にならない。
「お、おう。あの…とりあえず、座れば…?」
そう言って、浅緋が、壁の時計を見た。
次の授業、なんだっけ、ま、いっか。
ゆっくりと、近づいた。浅緋目掛けて。
「うわっ!」
抱きついた俺を受け止めきれない浅緋が、そのまま尻餅をついた。
「…ごめん。すごい、会いたかったから…」
我ながら、情けない声が出た。3週間…もっとか?
会いたくても、会えなくて、ずっと待っていたんだ。これくらい、許してほしい。
「そ、その…割には何も…」
は?今なんて言った?
浅緋の顔を見る。何のことかわからない、みたいな顔だ。
「…浅緋、まさか覚えてないの?」
嫌な予感を口にする。
「え?あ、俺なんか…忘れてる…?」
こいつ…。こいつ…。こいつ…!!
「…なんだ…ばか、おぼえてないなら…早く…馬鹿!」
怒りで全然言葉が出てこない。俺がどれだけ待ってたと思ってるんだ。
「連絡するから待ってろって言ったの、お前だろっ」
「へぁ…っ…!?」
浅緋から聞いたことない声が聞こえる。
「ばか…馬鹿…ばーか!我慢して待ってた俺の気持ち…ばかぁ、浅緋のばーか!」
思わず浅緋に強く抱きついた。
なんだよ、こんなに待ってたのに…。
予鈴が鳴る。教室に戻ろうとする浅緋を引き留めた。
入口が開いて、木下先生と目があった。
「お前たち…そういうことをするために貸しているわけではないんだが…」
動揺する先生。慌てる浅緋。
やっと答えが聞けそうなのに、このまま素直に授業を受けるなんて、俺には出来なかった。
「木下先生、絶賛仲直りする途中です。やましいことはしないので今日だけ見逃してください」
浅緋から降りて、木下先生に頭を下げた。
先生は、少しだけ間をおいたあと、今日だけだぞ、とくるりと振り返って、扉を閉めた。
言われた通り、入口には鍵をかけた。
やっと、二人きりになった。
ちょこっと裏話
兵助くんはトマト好きが限界突破して、自分でトマト料理を作るほど。
少しならね、まだいいんですが…。
毎回作る量が多すぎて、大量に振る舞われる日は"トマト地獄"と呼ばれるそうです。




