その日初めて授業をサボった
まだまだ残暑が厳しい中、
あっという間に夏休みは終わり、新学期を迎えた。
なんだか今年の夏休みは、色々ありすぎてあっという間だった。
あれから、パタリと音沙汰が無くなり、あれはやっぱり夢だったのかも知れないと思い始めた頃。
二人で花火をした日の写真をみては、やはり夢じゃなかったのかとぼんやりすることが増えた。
お陰で最近料理はやたら焦がすし、煮崩すし、家の鍵を開けたと思って閉まってる、なんてことも何回かやらかした。
昼休み、いつもの部屋で昼食をとる。
しばらく誠治朗は来なかった。
木下先生との世間話。
最近悩んでいるからか、ふと木下先生と奥さんの馴れ初めを聞いてみることにした。
「なんだ、急に。八束、好きな子でも出来たか?」
「いや、別にそんなんじゃないんですけど…ちょっと気になって…」
「んー、まあ簡単に言うと胃袋を掴まれた感じだな」
「え、木下先生が、ですか」
「ああ。この人の飯が毎日食えたら幸せだな、と思ったから結婚して、かわいい娘がいる…、って何を言わすんじゃ…」
おお…娘さんの成長を話す時以来の照れたお顔だ。
「胃袋…ですか。なるほど…」
「お前は既に掴んでいると見ていたんだがな、」
「へぁ…っ!?」
この人…気づいて…っ!?
「まあ、なんだ…仲直りするならたまには甘いものでも、作ってみたらどうだ?」
「あ、甘いもの、ですか」
「あいつは何でも美味そうに食うが、お前が作る弁当食べているときが、1番幸せそうに見えるぞ、私には」
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…俺はこんなに単純だったろうか。
先生と話した放課後、気づいたら洋菓子の材料を買い込んでいた。
「あれ、浅緋お菓子作るの?」
「え、あ、うん。たまには…作ってみようかと思って」
「そっか。頑張れ」
料理は得意だが、正直菓子類はほとんど作ったことがない。
たまに母さんがホットケーキを焼くのを手伝うくらいで…どちらかというと、"自分で飯作って食べる"が目的だったから菓子はそのうちに入っていなかった。今までは…。
「わっ…」
久しぶりだ、この手慣れない感じ。
バター…室温に戻して…
卵を…卵黄と卵白にわけて…
「…ね、浅緋」
「な、何、母さん」
「お母さんも一緒に作ってもいい…?」
「え、あ、うん。いいけど…」
そこから数日、我家はバターの甘い香りがして
仕事から帰ってきた父さんが目をキラキラさせていた。
うちの父は、思っていたより甘いものが好きらしい。
知らなかった。
最初は慣れなかったものの、コツを掴んだら段々失敗も減っていった。
ちなみに、初日に焼いたクッキーは焼きすぎて固かった。
ボソボソして水分がないと食べづらいのに、父さんはうまいうまいと一気に食べて喉を詰まらせた。
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…世の中のバレンタインの女子は、こういう心持ちなんだろうか。
とりあえず、メッセージを送るところから…
あれ…いつもなんて送ってたっけ…
スワイプして見返すと、大抵あいつからの料理のリクエストやら、今度遊びに行くからだの、何時集合だの…
一つも自分から連絡していない…
あいつからきたものに返答を返している…。
そもそも、あの日から全く何も連絡がない。
…はぁ。
なんて送るか考えているうちに、日付が変わっていた。
こんなの初めてだった。
やっぱりあいつ、すごいな。
もういっそここは…シンプルに…
"卵焼き焼いていくから、明日昼、どう?"
我ながらなんて可愛げのない誘い方だ。
なんだ、どう?って…
送信をタップするか、しないか迷っているうちに朝になりそうだ…。
まあ、来なかったら卵焼きは自分で食べよう。
そうしよう、そうだな、うん。
AM1:16 送信して、そのまま寝落ちた。
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翌日の昼休み、緊張しながら生物準備室へ向かう。
別に、来なかったら自分で食べるだけ。
そう、自分で。
だけど…せっかくなら…美味い美味いって食べるあいつの顔が見たい。
いつもの時間。
緊張で食が進まない。
やけに時計の針の音が気になる。
…待てど暮らせど、あいつは来ない。
…そもそも見たのか、あいつはメッセージを…。
何も考えてなかった。
見ていなければ来ないじゃないか。
メッセージアプリを確認すると、未読のまま。
あぁ、見てないんだ。そうだよな。
そう…か。
あと20分もすれば、午後の授業が始まる。
残りの弁当は食べる気にならなかった。
そろそろ片付けて戻るか…。
しばらくぼーっとして、残り10分になった頃。
廊下がやけにバタバタと騒がしい。
ガラッ
「ご、ごめんあさひ…っ!!あの、い、今みて…あ、充電、きれてて、あ、だから、あの…っはぁっ、は、」
息を切らしたあいつが矢継ぎ早に話す。
「お、おう。あの…とりあえず、座れば…?」
時計を見遣る。次の授業、なんだったろうか。
入口から、近づいてくる。
額からぽたぽたと落ちる汗がやけに…色っぽく見えて…。
俺も一応高校生なんだな、と謎の納得をしているうちに
誠治朗が抱きついていた。
「うわっ!」
想定していなかった事態に、驚いてそのまま尻もちをつく。
「…ごめん。すごい、会いたかったから…」
初めて聞いた情けない声に、耳がぞわぞわとする。
「そ、その…割には何も…」
「…浅緋、まさか覚えてないの?」
「え?あ、俺なんか…忘れてる…?」
「…なんだ…ばか、おぼえてないなら…早く…馬鹿!」
なんだ、いきなり…
「連絡するから待ってろって言ったの、お前だろっ」
「へぁ…っ…!?」
「ばか…馬鹿…ばーか!我慢して待ってた俺の気持ち…ばかぁ、浅緋のばーか!」
首に回されている力が強くて、何が何だかよく分からない。
「誠治朗、あの…」
訳を聞こうとしたところで、予鈴が鳴った。
「あ、教室…」
「この状態で行けると思ってんの?」
「いや、授業…あるし…」
ガラッと扉を開ける音がする。
「なんだ八束まだ戻ってなかった…の…か」
その声に恐る恐る顔を向けると、目を丸くした木下先生がいらっしゃった。
「お前たち…そういうことをするために貸しているわけではないんだが…」
「先生、誤解ですっ!違っ!」
慌てて弁解する俺から、誠治朗が降りる。
「木下先生、絶賛仲直りする途中です。やましいことはしないので今日だけ見逃してください」
珍しく真面目な顔で、勘右衛門が先生に伝えて頭を下げた。
先生は少し間を置いたあと、
「…今日だけだぞ。鍵閉めとけ。八束、鍵後で返しに来い」
と言ってそのまま出ていった。
その日、俺は高校に入学して初めて、授業をサボった。
ちょこっと裏話
木下先生には、美人の奥様と4歳になる娘さんがいます。




