男子高校生の悩み 2ーside誠治朗
洗面所に行くと、ぐったりとしている浅緋が座り込んでいた。
駆け寄って、背中を擦る。
「浅緋、ごめん、俺が見てたから具合悪くなっちゃったよな。ごめん」
今まで、一緒に過ごしていて、こんなことはなかった。
学校でも、ここの家でも、事情はわかっているけどそんな素振りはまったくない。
だから、気を許してもらえているんだと、勝手に思っていた。
浅緋が、微かに首を横に振る。
「いいよ、大丈夫。ゆっくりでいいから。水もってこようか?」
また首を振る。
「分かった」
急に、浅緋の力が抜けたのが分かった。
座ってはいるものの、急に体重がかかる。
「え、浅緋?ちょ、浅緋!!大丈夫?浅緋!!」
呼んでも返答がない。
その場に一度浅緋を寝かせて、急いでおばさんに連絡する。
「ごめんなさい、仕事、あの、浅緋、急に倒れてっ…!あの、俺」
「え、浅緋倒れちゃったの!?分かった、すぐに帰るから、悪いんだけど誠ちゃんもう少しそこにいてくれる?10分あれば帰れるから」
「はい、大丈夫です。お母さんも気を付けて」
「ありがとう。あ、店長、すみません。ちょっと息子が…」
そこでプツンと電話が切れた。
どうしよう、このまま目が覚めなかったら。
俺が、急に来たから…。具合悪そうなのに、昼飯食べようなんて言ったから…。
ぐるぐると悪いことばかり頭に浮かんで、思わず涙が滲む。
泣いても仕方ない。
とりあえず、浅緋の傍に戻ろう。
急いで浅緋の元に戻った。
怖くなって、浅緋の胸に耳をあてる。
よかった、ちゃんと動いてる。
あんまり動かさない方がいいのかな、でもここだと体痛いよな…。
他にどこかぶつけたりしていないか確認して、浅緋を背負った。
普段、陽光や琴音をおんぶすることはあるけど、さすがにもっと軽い。
でも…浅緋、思ったよりも軽い。
「ちゃんと食ってなかったのか、浅緋…」
斜向かいの、浅緋の部屋のドアを開ける。
一度だけ入ったことがあるけど、基本いつもリビングで過ごさせてもらうから、なんだか新鮮な感じがする。
「浅緋、ちょっと下ろすぞ」
声をかけて、浅緋をベッドに寝かせた。
もう一度、胸に耳をあてる。
「浅緋、ごめんな」
少しして、おばさんが慌てて帰ってきた。
「ごめんね、誠ちゃん!部屋まで運んでくれたんだ。ありがとう」
急いで浅緋に駆け寄るおばさん。こんな顔、初めて見た。
「倒れるときどこかぶつけてなかった?誠ちゃんは?ケガとかしてない?」
「ううん。大丈夫。浅緋、どこもぶつけてないし、俺も…」
「よかった…はあ…何年振りかにこんなに走った…ふー。暑い暑い」
絶対おばさんだって不安なのに、俺のことを安心させてくれようと、無理に笑っているのが分かる。
だめだ、俺がこんな落ち込んでちゃいけないのに…
「ごめんなさい、お母さん。俺が…俺が浅緋に無理に食べさせようとしたから…」
「え、大丈夫よ誠ちゃん!浅緋、最近夏バテなのか、全然、食べてなかったの。私もそれ知ってたのに、声かけても全然で…だから、誠ちゃんのせいじゃないよ、大丈夫、大丈夫。ね?」
「でも…俺が…」
「大丈夫、誠ちゃんのせいじゃないから。誠ちゃんのおかげで、随分食べられるようになってきてたんだよ?最近」
おばさんが、背中を優しく擦ってくれる。
「ケガもしてないし、熱もない。少し様子みて、あれだったら病院連れて行くから。心配しないで」
「はい…」
「浅緋ね、小学校の頃にも、1回倒れたことがあってね」
「え…?」
「低学年のうちは、給食の時間に、何度も気持ち悪くなって席を立ったり、戻ったりしてたみたいなの。落ち着きがなくて困ってます、って言われたなあ。浅緋に理由聞いても、絶対に教えてくれなくて。家じゃそんなことはなかったの。ご飯はほんのちょっとしか食べてくれなかったけどね」
「そうなんだ…」
「2年生…3年生だったかなあ。先生に学校に呼ばれてね、お家でどういう風に食育してるんですかって詰められてさ。うちじゃ普通にしてるのにね。何か家でストレスでもあるのかとか、まあしつこい先生でね。今思えば、他の子だっているし、何か相談に乗ってくれようとしてたのかもしれないけど、おばさん悔しくてさ…」
「悔しい?」
「そう。浅緋、他の子より静かだし、成績だっていい方だったのよ?運動だって、水泳が少し苦手なくらいで、別に出来ないわけでもないし。なのに、食事の時に少し落ち着きがないくらいでこんなに言わなくてもいいじゃない…!!って。親ばかよね」
「そんなことないけど…」
「お家に帰ってきて、思わず泣いちゃったの。浅緋がいる前で。泣いてる私をみて、ごめんねって言って黙り込んじゃって…。元々静かなのに、さらに無口になった。あ、やってしまった…ってさらにお父さんと二人で悩んじゃった」
「そっか…」
「それで、しばらくしてから学校から給食の時間に浅緋が倒れたって連絡がきたの。慌てて今日みたいに走って学校に行ったのよ。汗ダラダラで。お家に帰ってきて、お願いだから、教えてって浅緋に聞いたら、やっと、みんなと一緒にご飯食べるのがつらいんだって教えてくれたの」
おばさんは、浅緋の頭を撫でた。
少し、表情が緩んだ気がする。
「倒れるまで我慢してたんだ、って分かって自分にがっかりして、安心した。我慢しててごめんねって、やっと泣いてくれたから」
泣いたんだ、浅緋。
「それから、学校では保健室で、家ではお部屋か私たちと別で食べることにしたの。少ししか食べなくたって、食べてるところを見てるだけでよかったからさ、その見てるだけがプレッシャーだったなんて、思いもしなかった。もっと早く教えてよーって思ったこともあったよ。そう思わない?」
「まあ、たしかに」
「でしょ?でもきっと、本当のお母さんじゃないから、ってどこかで思ってたのかな…。血がつながってなくても、浅緋は私たちの大事な子どもなのに…」
少し、寂しそうな顔で、おばさんは笑った。
「一緒にご飯でも作ったら、ちょっとは気が紛れるかな?ってやらせてみたのが最初なの。初めのうちは、ご飯の水加減が下手くそでね?おかゆみたいなびしゃびしゃなご飯が炊けたこともあるんだよ?」
「え、浅緋が?」
「そう。でもさ、一生懸命やるから、失敗しても口出ししたくなくて。ケガだけしないように、ほんと、それだけ。浅緋が全部一人で作った最初のご飯が、カレーなの」
「カレー。この前の」
「そう。いつもは私たちが食べてる時は、テレビ見てるか、部屋にこもってたのに、その日はじーっと見られてね。ちょっとだけ、人参の形が変だったり、玉ねぎの皮が入っちゃってたけどさ、それが一番、美味しかった。お父さんなんか何回もおかわりして」
「そうなんだ」
「それから、一緒には食べられなくても、料理をとおして、私たちは家族だなって実感してたんだ。レストランとかも入れないし、なかなか外に遊びにも連れていけないから…。お友達とも、おやつ一緒に、が難しいからなかなか…ね?」
「あ、そっか…そっか」
「だからさ、誠ちゃんと仲良くなって、浅緋すごく楽しそうなの。なんか文句言ってる感じだして、いっつも誠ちゃんの話してるんだから」
楽しそうに笑うおばさん。
そっか、浅緋とおばさん達、そんなに大変だったんだ。
「だからさ、誠ちゃんには感謝してるの。ほんとに、いつもありがとう。だから、そんな顔しないで。大丈夫」
おばさんは立ち上がって、俺の頭を優しく撫でてくれた。
「ごめん、喋りすぎちゃった。麦茶でも飲もうか」
「あ…俺、もう少し、ここにいてもいい?」
「…もちろん!誠ちゃんの持ってくるから、浅緋のこと見ててくれる?」
おばさんが、麦茶を持って来てくれた。何かあったら声かけて、と。
うじうじする心と、誠ちゃんのおかげだよというおばさんの言葉がぐるぐると繰り返し回る。
さっきのおばさんみたいに、浅緋の頭を優しく撫でた。
「浅緋、ごめんな…」
ちょこっと裏話
①浅緋のお母さんは近所のドラッグストアでパートをしてます。
②浅緋と両親が血が繋がっていないことは、お父さんと相談して小学1年生になったころに伝えていました。
浅緋は赤ちゃんのうちに八束家に引き取られていて、両親が大事に育ててくれていたので
伝えた当時、本人はそうなんだ、くらいにしか思っていなかったようです。




