はじめまして
八束 浅緋:会食恐怖症の高校1年生。
尾浜 誠治朗:ご飯食べるのが好きな人懐こい性格。浅緋の隣のクラス。
誰かと食べる飯に、味がしたことがない。
赤ん坊の頃から、あまり食べる方ではなかったらしい。
義務教育の時代は、学校の給食の時間がとにかく苦痛で何度も席を外しては、担任に叱られた。
小学校低学年のうちは落着きがない、で済まされていたが、学年が上がってもあまりにも続くので、母親が学校に呼び出され、一度泣かれたことがある。
それからは、罪悪感からどれだけ気持ち悪かろうがとにかくその時間だけは座って我慢していた。
が、精神的に参ってとうとう倒れ、結局高学年になってからは保健室で給食の時間を過ごさせてもらった。
どうやら会食恐怖症、というのが当てはまるらしい。
「ごめん、母さん」
母親は、理解しようと思ったのか、それともやはり俺への罪悪感からだったのか。
ある日、俺に
「ね、一緒にご飯作ってみる?」と言ってきた。
「無理して食べなくてもいいよ。でも、自分で作ってみたら少しは食べられるかもしれないし。あと、お母さんが助かる!なんちゃって…」
これ以上この人を泣かせたくないな、と幼いながらに思って、
米を炊く、野菜の皮むき、切る、炒める、茹でる、煮る。
最初は本当に簡単なことから少しずつ。
揚げ物は、もっと年齢が上がってから。
母親と並んで料理をするのは、案外嫌いじゃなかった。
初めて全部自分で作ったカレーを食卓に出したとき、いつも寡黙な父親がうまいうまいと何杯も食べるのをみて、妙に高揚したのを覚えている。
高校に上がって、昼休みは相変わらず一人で食べられるところを探した。
「八束、いつも昼居ねぇけど何食ってんの?」
「あぁ、昼は食わずに寝てる」
「へぇ」
その会話をたまたま聞いていたらしい生物担当の木下先生から呼び出しを受け、事情を説明したところ
「なるほどな。それなら昼はここで食え。時間になったら鍵開けといてやる」
と、なぜか生物準備室を開けてくれることになった。
正直強面で、体育会系の教師だから理解なんてされないだろうと思っていた。
週に何度か食べ終わる頃に、湯呑みで茶を淹れて持ってきて、少し話し相手をしろと仕事の愚痴やら、お子さんの話を聞いて過ごすようになった。
ご時世なのか、そういう性格なのか。
あらぬ誤解をされぬよう、入り口はいつも全開だった。
そんなある日、弁当を持って生物準備室へ向かうと中から一人生徒が出てきた。
「あれ、ここに用事?木下先生、いま職員室だけど」
「あぁ、大丈夫。木下先生に許可もらってここで昼飯取らせてもらってるから」
「…へぇ」
「…それじゃ」
廊下で何度か見かけたことがある。隣のクラスの奴だ。名前は知らない。
俺が昼飯を食べている間は、入口は閉めてある。
丁寧に"木下に用のあるものは職員室まで"とプレートまで下げて。
それなのに…
コンコンコンッ
ノックの音が鳴った。
時々ある。大抵プレートをみて、すぐ立ち去るので居留守をしても問題ないんだが…。
コンコンコンッ
何故か今日は諦めが悪いらしい。
3回やり過ごしたが、立ち去る様子がない。
「あれ、もういないのかな。八束ぁ、いる?」
この声…さっきの…
相手が分かったことで、諦めて応答することにした。
「………何か」
「なぁんだ、いるんじゃん!入っていい?」
「…飯まだ食い終わってないから、あと10分待って」
「え、俺も一緒に食べたいんだけど。昼飯」
がさっと購買のパンが入った袋を持ち上げて見せてくる。
…なんだこいつ。
「悪いけど、人と飯食うの嫌いなんだ」
「えぇ、せっかく走って買いに行ったのに」
「…ほんとに好きじゃないんだ。だから先生に了解得てここで食ってる」
「…わかった。んじゃ、10分経ったらまた来るよ」
なんなんだ、こいつ…ほんとに。
そして本当に10分後に戻ってきた。
木下先生と一緒に。
「悪いな、八束。うちの尾浜が無理言ったみたいで」
「あ、いえ。こちらこそいつも使わせていただいてありがとうございます」
「ごめん。本当だったの知らなくてさ。嫌じゃなかったら俺今日ここで食ってもいい?」
申し訳なさそうに、木下先生の隣で眉を下げている。
「どーぞ。別に俺の部屋じゃないし。食い終わったから。木下先生、ありがとうございました。戻ります」
「…八束、よかったらお茶飲んでいかないか」
「え、でも…」
「あ、俺なら少し離れたとこで食わせてもらうから大丈夫!」
………なんなんだその理論は。
確かに、俺は人が食べているのは平気だ。
自分が食べているところをみられたり、誰かと食べていると実感するのが無理で、とにかく気持ち悪くなってしまう。
「じゃ、少しだけなら」
「よし、さっき山田先生からいいお茶もらったんだ」
木下先生にお茶を淹れてもらい、いつものように入口を開け放して世間話をする。
尾浜は、本当に少し離れた場所で菓子パンやら惣菜パンを食べながら、相槌を打っていた。
やけに美味そうに頬張るんだな…。
にこにこしながら、大きな口で頬張る。
もぐもぐとする姿はまるで…
「ハムスターみたいだな」
「え?」
「あ、いや何でもない」
「尾浜は本当にいつも美味そうに食べるよな。見ていて気持ちがいい!」
「そうですかぁ?あ、先生、俺もお茶欲しい!」
「ったく、仕方ないな」
食べ終わると椅子ごと近くに寄ってきた。
「改めまして、俺尾浜誠治朗。よろしく!」
「あ…八束浅緋。よろしく」
なんか人懐こそうで、俺とは真逆の奴だな。
それが誠治朗と出会った日の印象だった。




