第51話
「発注内容の確認をお願いします」
売場の在庫調査を終えたアイラさんからタブレットを受け取り、商品リストに目を通していく。
「はい。では、これでお願いします」
ライトノベルと新文芸の売場管理を、アイラさんはすでに完璧にこなしていた。
「ホントは、僕が見なくてももう全然問題ないんですけどね」
「いえ。まだ不安なので、見ていただけると安心します」
それに、とアイラさんは付け加えた。
「チェックをしていただけると、お仕事中も、その……近くにいられるので」
ドキッとして、思わず見つめ合ってしまう。
「あらぁ〜、やだわぁ奥さま。店員さん同士でイチャイチャしちゃってますわよ。イヤだわイヤだわ不潔だわ」
慌てて離れて振り返る。
レジカウンターの中から、リアがニヤニヤしながら演技を続けた。
「まぁ〜鼻の下伸ばしちゃって。ああいうのをむっつりスケベっていうんですのよ、奥さま」
「おい……」
「実際ラブラブしすぎなんだから、茶化したっていいだろ? 二人揃ってそんなに幸せオーラ垂れ流してたら、そのうち本当のお客さんからもクレーム入っちゃうんじゃない?」
むむ……と僕は言い淀んだ。アイラさんも恥ずかしそうに手の平で顔を仰いでいる。
「外掃除、行ってきます」
僕はバックヤードから箒とチリトリを持って、逃げるように入口から外へ出た。
町はすっかり春の陽気に包まれていた。来週には、町を取り囲む山々で桜が満開になるだろう。外部から隔離されたこの町も、桜の時期だけは目を見張るような美しさに包まれる。
来週大竹山の展望台で開催される桜祭りで、僕とアイラさんはデートする約束をしていた。
「ケイ・カシワギ」
突然名前を呼ばれて、僕は反射的に「いらっしゃいませ」と声を上げそうになった。
見慣れない人物が僕のそばに立っていた。
黄金色のロングヘアーが、午後の太陽に反射して煌めいている。背丈は僕よりもひと回り大きい。切れ長の双眸から男性ではないかと思われたが、美しく深みのあるアルトの声質は女性のそれだった。
「どちら様ですか?」
アイラさん以外の人に、僕が見惚れたのは初めてだった。
魅力的——とは、少し違う。
その印象は、神々しさや神秘的と言った方が正しい。
「うちの名前はセラ。君のこと、一度見ておきたかったんだ」
優雅な動作で、彼? 彼女? は僕に歩み寄った。
「かわいそうに。怪我をしているね」
見せてごらん。
セラは滑らせるように僕の腫れた頬に触れた後、傷跡に優しくキスをした。
魅入られたように、僕は動けない。
「天使を二人も籠絡するとはね。やはり彼女の一族は侮れない」
「な、に……⁉︎」
やっぱりアイラさんやリアと同じ、天界の関係者なのか⁉︎
「君は本当に、セブンスのことが好きなのかい?」
「なにを、言ってるんだ……?」
「ふふ……いい夢を、ケイ」
セラは僕の腫れた頬にふっと息を吹きかけた。
瞬きをひとつした後、セラはもう僕の目の前にいなかった。
ただいま、と玄関のドアを開ける。
「おかえりなさいませ、ご主人様っ」
メイド服姿のアイラさんとリアの出迎えに、僕は「どひゃあぁッ!」と尻餅をつきそうになった。
「な、ななななんて格好してるんですか、こんな夜中に!」
ここのところ、アイラさんは家では普段着かパジャマだったから、すっかり油断していた。
「リアまで! なんちゅう格好してるんだよ」
「ホントだ、すごい効果」
「ね?」
僕を無視して、二人で何事か納得している。
「外で着てはいけませんよ、リア。これはあくまで二人だけのプライベートで披露するから効果があるのです」
「なんの話です?」
「男はみんな王様扱いされたらころっと上機嫌になるって話」
リアが代わりに答えた。
うん、まぁ、間違いではないけど。
「圭様?」
アイラさんは僕の頬に手を触れた。
豊かな胸の谷間が近づいてくる。
「腫れが引いています」
「え? あ、ホントだ」
アイラさんとリアは険しい顔で目を合わせた。
「誰か、知らない人に会いませんでしたか? 顔や体に触れられたり」
「? さぁ、どう、だったかな……」
夕方、誰かに声をかけられた気がするけど、僕は思い出せなかった。
「ほら、そこまで酷い怪我じゃなかったから、うまく腫れが引いたのかも」
事実、僕は湿布やガーゼを当てていなかった。
「それならいいのですが……」
「あのぅ……二人してその格好は刺激が強すぎるというか……お風呂入りました?」
「はい。済ませてあります」
メイド服をパジャマ代わりにするつもりだろうか……。
「今日は圭様が好きなこの服装でご奉仕させていただこうと思ったのですが、だめですか?」
ご奉仕——と言われてけしからん想像をしてしまう。
違う違う、今日はリアもいる。アイラさんが言っているのは料理や家事をするということなのだ。
「ふふふ、お姉様……」
「?」
不適な笑みを浮かべたリアがアイラさんの背後から忍び寄る。
リアがアイラさんの頭に可愛らしい猫耳のカチューシャを付けた瞬間、僕の顔面の温度はマグマのように急上昇した。
「ぶはぁッ!」
鼻血が出た気がする。そうに違いない。
「圭の部屋の隅に転がってました。これをつけるだけで男はもれなく気絶してしまう最強の記号らしいですよ?」
「こら、リアっ」
アイラさんが恥ずかしそうに身悶えして、リアの頭の上にクエッションマークが浮かんだ。
「? なぜこれは恥ずかしがるんですか?」
すでに使ったことがあるからだ——とは、僕もアイラさんも言えるわけがなかった。
恥ずかしがるアイラさんが新鮮だったのか、寝る時になっても二人はメイド服のままで、リアはアイラさんに抱きついたまま寝ることにしたらしい。
「あ……こ、こら、リア……くすぐったい」
「お姉様、いい匂いがします」
壁の向こう、姉の部屋の中からキャッキャウフフする二人の声が響いて、僕は到底眠ることができなかった。
——桜祭りまでは我慢……。我慢だ、圭。
デートの日までは。
「うふふ、なんだか濡れてるみたいですけど、お姉様?」
「ん……だ、だめぇ……」
んく。




