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第49話

 座敷に頭を擦りつけながら、太智さんは弱々しい声で言った。

「本当に、申し訳ない……」

 それは土下座に近かった。

 そんな太智さんの背中を、藤井さんはハンカチで目元を押さえながら思い切り叩き続けた。

「バカッ! もう!」

「あの……お二人ともそれくらいで。僕は大丈夫ですから」

「本当にすいません、店長」

 藤井さんまで四つ指で頭を下げてくる。

 僕は泣きそうな顔で僕の頬に氷嚢を当てているアイラさんに愛想笑いを向けた。

 藤井夫妻の説明によると、赤ん坊を流産してから二人が仲違いしていたのは本当のことらしい。

 二人は幼馴染みで、社会人になってすぐに籍を入れた。太智さんの方が子供ができにくい体質であることは、結婚してからわかったことだった。

 長い不妊治療の末に授かった子供が流れてしまった。それを自分のせいだと思った太智さんの落ち込み方は酷く、仕事にのめり込むことで忘れようとしたらしい。帰りはいつも日付が変わる直前で、そんな日々が一年近くも続いていた。

 いつか心も体も壊れてしまうかもしれない。見かねた藤井さんが太智さんに休むように勧めても、激昂して聞く耳を持たない。一人で家にいるのも辛くなった藤井さんは幸子で夕食を済ませるようになり、そこで仁志が相談に乗ってあげるようになったということだった。

 重たい内容だ。無関係な僕が聞いていい話ではないと思ったけど、殴られた手前、そういうわけにもいかなかった。

「……ひとつだけ、教えてくれよ」

 ずっと黙っていた仁志が、太智さんの肩に手を置いた。

「帰りが遅いのは、浮気してたからじゃねぇんだな? 詩織さんほったらかして、他に女作ってたとかじゃあねぇんだな?」

「違う! ただ、自分が情けなくて、詩織に申し訳なかったんだ……帰って二人きりになった時、ずっと、どんな顔をすればいいのかわからなかったから」

「嘘じゃねえって、この場で誓えよ。詩織さんはな、あんたのことが心配で、圭のとこ辞めてあんたの会社の近くで働くことにしたくらいなんだぞ」

 僕は思わず息を呑んだ。

 声に抑揚はなかったけど、ここまで真剣に怒っている仁志は初めて見た。

「浮気なんて……そんなこと、あるわけない!」

 ピンと張り詰めた空気が漂う。

 藤井さんが太智さんを庇うように彼の両肩に手を添えた時、仁志は初めて頬を緩めてニッと笑った。

「ならいいんだ。あんたも、詩織さんも、夫婦なんだから、もっとちゃんと話し合いなよ」

「あ、あぁ……」

「家だと重苦しい空気になんなら、うちの座敷で話しすりゃあいい。うまい酒と飯食いながらなら、言いにくいことも話せると思うぜ?」

 藤井さんはじっと仁志の顔を見ていた。

 でも、仁志は最後まで彼女の方を向かなかった。

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