第47話
リアは怒涛の勢いで飲み干したビール缶を握り潰した。
「ぷはぁ〜……!」
これでもう六缶目だ。
「一気飲みはダメだってば」
「うるはい! お姉様とイチャイチャラブラブしてる圭に、あたしの気持ちがわかるもんか!」
ダメだ、目が据わっている。
よくわからないけど、広げた翼も両端の方が黒くなっていた。
「あれ、なんで黒くなってるんですか?」
「ストレスです。私たち天使は、負の感情が蓄積するとそれが両翼に現れます」
「全部黒くなるとどうなるんです?」
「堕天……それは大罪を犯すことと同義なので、罰として魂は煉獄に縛られ、二度と下天できなくなります」
「それって、けっこうヤバいんじゃ……」
「あの程度なら大丈夫です。リアは強い子ですし、生死がかかるほどの強いストレスがかからない限りは、堕天には至りません」
リアは七缶目のビールを開け放って高らかに顔の上に掲げると、滝のように口の中へ流し込んだ。
「あばばばば!」
たちの悪い飲み方をする。
「止めましょうか?」
隣のアイラさんが呟く。
「どうやって?」
「気絶させます。物理的に」
「いや、なんか怖いからやめときましょう……。それに、少し発散させてあげた方がいい気もします」
「そういうものなのですか?」
「はい。飲み過ぎはダメなので、これ以上は止めますけどね」
泣きじゃくるリアの話は要領を得なかったが、つまりこういうことらしい。
柏木書店でお昼に働いてもらっている藤井詩織さんが、仁志の居酒屋「幸子」に夜中になると頻繁に来るらしいのだが、仁志がその藤井さんに異性として好意を持っているというのである。
「それって、仁志に聞いたの?」
「聞いてない」
「じゃあ……」
「わかるよ! あの人が店に来た時の、仁志の顔見てればわかる!」
「リア……」
またリアの両目から涙がダバダバ溢れて、見かねたアイラさんが彼女を抱き寄せた。
「本当なのでしょうか?」
「うーん……」
実は、思うところがあった。
藤井さんは既婚者だが、旦那さんが浮気をしているという噂があった。流産を経験した藤井さんは旦那さんと仲違いし、それが原因で彼女はうちで働くようになり、その間に旦那さんが他に女を作ったというのである。
それはいつも通り、朝のベテラン三人組からもたらされた情報で、僕は特に気にはしていなかった。
ただ、たとえば藤井さんが旦那さんの浮気の相談を仁志にしていたとしたらどうだろう?
仁志が結婚している女性に手を出すような男じゃないことは、僕が一番よく知っている。でも、仁志と藤井さんが知り合いだということも僕は知らなかったのである。
「どいつもこいつも、イチャイチャイチャイチャしやがって! 浮かれ気分でロッケンロールかこのやろー!」
わけのわからないことを呟きながら、リアは日本酒の一升瓶に手を伸ばした。それを、僕とアイラさんが慌てて取り上げる。
「離してくらはい、おねえはま!」
この様子だと、リアから仁志に告白したというわけでもなさそうだ。
事態はかなりデリケートで扱いが難しい。
仁志に確認してみるか? でも、どうやって?
「リアがお前のことを好きみたいなんだけど、お前はうちの従業員の藤井さんのことが好きなのか?」
訊けるわけがない。
だが、その機会は意外と早く訪れた。




