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第46話

 春の訪れと共に、いくつかの変化があった。

 ひとつは、辻君がアルバイトを卒業したこと。

 仁志のつてで、辻君は地元のバイクショップへの就職が決まっている。出勤最終日、無骨に深々と頭を下げた彼の背後には、田丸さんが恥ずかしそうな顔で立っていた。

「なんか、すいません。この間辞めたばっかりなのに」

「全然いいよ。本が欲しくなったら、いつでも二人で来てくれていいからね」

 てへっと舌を出す田丸さんに向けられる辻君の眼差しはやさしかった。遠距離恋愛だけど、まぁこの二人ならうまくやるだろう。

 お昼に入ってもらっている藤井さんももうすぐ退職になるけど、こちらのレジ業務は主にリアが引き継いでくれている。春以降の人手不足も、アイラさんとリアのおかげでなんとかなりそうだった。

 ふたつ目は、町にオカルト目的の観光客が増えたこと。

 アイラさんとアンドレが作ったふたつのクレーターに加えて、深夜に空を飛ぶ車を見たとか、白い巨人を従えた赤髪の天使が道の駅にいたとか、その巨人がつけた足跡や陥没が町を縦断する国道に数カ所あるとか、浮世離れした噂がネット上を駆け巡り、それを役所がまた町おこしに利用したので、ユーマやUFOが見られる町としてさらに有名になってしまっていた。根も葉もないわけじゃないからなおタチが悪い。

 ——天使の痕跡は、なぜ他の場所では見つからないのだろう?

 たまたまなのか、あるいは世界の怪奇現象をつぶさに調べれば、大なり小なり出てくるものなのか。

 僕はそこに、小さなひっかかりを覚えた。

 そして三つ目が、僕とアイラさんにとって最も大きな変化だった。

「……うん、わかった。ちゃんとよくなってきてるんだね」

 受話器を置いた僕の足元に、リビングから出てきたアンドレとアイオンが飛びついた。

「お養母様からですか?」

 二匹と一緒にアイラさんが顔を出した。

「うん。父さんの術後が良好で、リハビリもうまくいってるみたいだから、来月には二人とも戻ってくるって」


 あたたかな陽気に、桜の開花時期を知らせるニュースが流れ始める。

 季節も移ろう中、変わらないこともひとつあった。

 こたつに足を入れながら、今夜も僕とアイラさんは肩を並べて本を読んでいる。

「ふふ」

「楽しそうですね。さっきは少し顔が青白かったのに」

「だって、ほら、ここのところが……」

 ページをめくる乾いた音が響く度、僕らは物語に没頭した。時々互いの肩が触れると、僕らは手を止めて小鳥のようなキスを交わした。

 リアが「幸子」のアルバイトで帰りが遅い日は、時間が許す限り、僕らは何度も愛し合った。

 ある日、本を読み終えたアイラさんが涙ぐんでいる時があった。

「どうしました? 悲しい結末でしたか?」

「いえ……」

 アイラさんが読んでいた文庫の表紙を確認して、僕は得心した。

 彼女が読んでいたのは、『ほしきみ』の最新巻だった。

「次の巻で、最後なのですね。あとがきに書いてありました」

 姉がどのくらいで次の巻を出すつもりなのかはわからない。アイラさんが読んだ最新十六巻が発売になったのは去年の今頃だけど、作品によっては二年以上刊行が空くことだってざらにある。

「物語には、いつか終わりがありますから」

「それはわかっています。でも、寂しいです」

 寂しい——という感情以上のものが、アイラさんにはあるように見えた。

「私、圭様にお話しできていないことがあります」

「?」

 アイラさんは本を置いて、僕の手を両手で強く握りしめた。

「私……」

「アイラさん?」

 その時、玄関のドアがもの凄い勢いで開いて、もの凄い勢いで閉められる音がした。

 家全体が縦に揺れた。

「リア⁉︎」

 驚いて廊下へ出ると、玄関にリアが立ち尽くしていた。

 彼女の顔は真っ赤で、両目からは涙がボロボロと溢れていた。

「どうしたのですか⁉︎」

 駆け寄ったアイラさんに向かって、リアは駄々っ子のように首を横に振った。

「なんでもありません……!」

「なんでもないわけないじゃないか」

 僕が伸ばした手を、リアは思い切り払いのけた。

「なんでもないったら!」

 靴を脱いで、二階の姉の部屋へ駆け込んでしまう。

 僕とアイラさんは顔を見合わせた。

 それが、これから起こる一連の事件の始まりだった。

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