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第40話

「ちょっと聞きたかったんだけど」

 はふはふと熱々のとん平焼きを口に運びながら、僕はリアに聞いた。

 仁志の居酒屋「幸子」で夕食を食べている時のことだった。

 今夜はアイラさんとリアが寝静まってから車を走らせなければならない。閉店までの勤務で晩御飯を作っている余裕もなかったので、今夜は食事を外で済ませることにしたのである。

「監察官としては、今の僕の評価ってどうなってるわけ?」

 そもそも、リアが監察官として僕の家に居座るのはどの程度の期間なんだろう?

 いや、そんなことを言ったらアイラさんと僕が受けているという試練期間についてもどの程度なのかは聞いていないのだけど。

「あのなぁ、教えると思うのか? お前、就職試験の面接途中で『僕は今何点ですか?』なんて質問したりするのかよ?」

 ごもっとも。

「リア。天界のルールには従いますが、あなたの主観で恣意的に圭様の評価を下げるような真似は、私が許しませんよ?」

 大きく目を見開きながら、隣の僕にお箸で「あーん」をしようとしたアイラさんの膝をポンポンと叩く。

「あ……」と小さく声をもらしてから、アイラさんは慌ててお箸の向きを自分の口へと軌道修正した。

 くそ〜、僕だって本当はアイラさんの「あーん」でお腹いっぱいご飯が食べたいのだ。

「そりゃあ、公平にジャッジはしますから、そこは安心してください」

 その時、カウンター席の奥の厨房から、仁志が「揚がったよ」と声を出した。

「あ、はーい」

 お座敷に備え付けの下駄を履いて、リアが揚げ物の料理を取りに行く。

 彼女があまりにも自然にそれをやったので、僕とアイラさんは思わず顔を見合わせた。

「持ってくね、仁志」

「おぅ、わりぃ。ありがとなっ、リア」

 リアは僕らの席に料理を運んだ後、カウンターの上に残っていた残りの料理も添えられた伝票を見ながら他のお客さんの席に配膳して回った。

「あぁ、ありがとね、リアちゃん」

 奥の席へ給仕をしていた仁志のお母さんが頭を下げる。小柄で人がよく、子供の頃から僕もお世話になっている人だった。

「ごめん、おばちゃん。勝手に配っちゃった」

「いいのよ、助かるわ。もう腰が弱くなっちゃって。リアちゃんにお嫁さんに来てくれたら、おばさんも助かるんだけどねぇ」

「母ちゃん! 仕事中に迷惑なこと言ってんじゃねぇ!」

 ここからではリアの表情は見えない。ただ、彼女はしばらくじっと動かず、僕らに顔を見せないようにしていた。

「圭様、これは……」

「うん」

 僕とアイラさんはもう一度顔を見合わせた。


 枕元でスマートフォンが振動する。

 それを一回のコールでオフにすると、僕は静かに上体を起こした。

 よし、アンドレとアイオンも眠ったままだ。

 時刻は日付が変わる三十分前。

 カーテンを開けて外を確認するが、まだ雪は降っていないようだった。

 この冬最後の大雪。

 これがあけると、再来週からは一気に春めいてくるらしい。

 軽くストレッチをする。一時間程度目をつぶっただけだったので大きな欠伸が出たが、仮眠としては充分だ。

 開店に間に合わないことも考えて、服装は出勤用のワイシャツとスラックスにする。

 万が一、大雪で明日中に戻ってくることができない場合は、甲斐田さんに昼以降の仕切りもお願いしてあるけど……。

 辻君と田丸さんのためにも、そうならないことを祈る。

 音に注意しながら廊下へ出て、忍足で階段を降りる。リビングのこたつの上にアイラさん宛の短い手紙を置いて、僕は玄関から外へ出た。

 車に乗り込み、エンジンをかける。

 その時、助手席と後部座席のドアが同時に開いて、僕はギョッとなった。

「こんな夜中にどこへおでかけですか?」

 後ろの席に座ったリアがニヤニヤした顔で言った。アンドレとアイオンまで乗り込んでいる。

「なんで……」

 助手席でシートベルトをしたアイラさんが、冷たい瞳を僕に向けている。

 片方の頬がぷっくりと膨らんでいた。

「テレビで、雪が降るって言ってました」

「いや、それは……」

「雪が降るって言ってました」

「ばっかだなぁ。あんなに何度も天気予報確認してたら、何かあるってわかるに決まってるじゃないか」

「だからって、こんなことに二人がつきあう必要はないんだ」

「大雪が降るって言ってました!」

 アイラさんは僕の方へグイッと体を乗り出した。

「よっぽど降ってきたら、む、無茶はしませんから」

「前に圭様が倒れた時、私がどれだけ心配したか朝まで話して聞かせましょうか?」

「う……」

 アイラさんの目尻には、うっすらと涙が溜まっていた。

 僕の負けだった。

 すいません、と頭を下げる。

「でも、もし朝までに間に合わなかったら……」

「その時は増田さんにシフトの交代をお願いしてあります」

 なんてことだ。お昼から全部筒抜けだったわけだ。

「えへへ、お菓子いっぱい持ってきたぜ!」

「あのな、リア。遠足じゃないんだから」

 いや、と思い直す。

 せっかくの夜のドライブだ。楽しい方が眠くならないし、いいに決まってる。

「ちょっと待っててください」

「?」

 僕は一度車外へ出ると、トランクから毛布を二枚取り出してアイラさんとリアに手渡した。

「寒いので、膝にかけてください」

「おっ、さんきゅー、圭!」

 前の席の方が足元のエアコンが効きにくい。僕は自分のジャッケットを脱ぐと、こっそりアイラさんの膝の毛布の上からかけた。

「ありがとうございます」

 僕の好きな笑い方で、アイラさんが微笑む。

「でも、これでは圭様の体が冷えてしまいます」

「僕は大丈夫です」

 ただ、と僕は付け加えた。

 本当のことを言うと、みんなが来てくれて、僕はうれしかった。

 少しくらいデートっぽくしたって、バチは当たらないだろう。

「途中のコンビニで、あったかいコーヒーとカフェオレを買いましょう」

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