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第4話

 で、閉店時間になって入口のシャッターを閉めた後、休憩室に入ったらアイラさんがいて、僕と田丸さんは心底驚いたのだった。

「アイラさん⁉︎」

 僕と田丸さんは同時に声を上げた。

 脱いだスニーカーがきっちり床に揃えてある。椅子に腰掛けた彼女は両脚を胸元に抱き抱えるようにして、熱心に『星降る夜と君の(うた)』第一巻を読み耽っていた。退勤してすぐに売場から購入していたのは見ていたけど、まさかこんな時間まで休憩室で読んでいるとは思わなかった。

「店長……」

 アイラさんが顔を上げて、僕はギョッとなった。

 彼女の目尻から、涙が一筋溢れていた。

「とても素敵な物語です」

「えぇッ⁉︎」

 いや、割と主人公とヒロインがエッチにイチャイチャしてるだけの話のはずだけど、泣くほど感動する要素があっただろうか?

「それは、よかったですけど……。もう閉店時間ですから、帰る時間ですよ? 休憩室も閉めてしまうので、外に出ましょう」

 そこで初めて、アイラさんは小首を傾げた。

 ちくしょー、いちいち仕草が可愛いな。

「帰る場所がありません」

「えぇ⁉︎」と、また僕と田丸さんの素っ頓狂な声がハモる。

「店長のご自宅に泊めていただくように、凪様から申し付かっています」

 僕はハッとなって自分のスマートフォンをズボンの後ろポケットから取り出した。

 そういえば、休憩時間に海外の姉からメッセージが届いていたはずだが、後でいいやと読み飛ばしていた。

《アイラっちだけど、しばらくは実家で面倒を見てやってくれぃ。母には伝言済みなり》

 妙な言い回しに腹が立つが、確かに僕の実家に泊めることになっているらしい。

「とりあえず、田丸さんはお疲れ様」

「あ、はい。お疲れ様です」

 裏の荷受け室から外に出てシャッターを施錠した後、田丸さんと別れて僕とアイラさんは歩き出した。

 実家は店から歩いて五分の場所にある。昭和の香りが漂う二階建ての一軒家だ。

「あらあら。あなたがアイラさんね」

 風呂上がりらしい、頭にタオルを巻いた母が僕らを出迎えた。従業員とはいえ、客人を出迎えるのにパジャマ姿とは、相変わらずおっとりした母である。

「娘から聞いてますよ。今日からうちで働いてらっしゃるんですってね」

「お世話になります、お養母様」

「あらやだ、お養母様だなんて」

 女性の従業員を自宅に泊めるだけでも問題になりそうなのに、おほほじゃないよ、母さん。

「アイラさんのこと、お願いしていい?」

「かまわないけど、あなたまだ仕事するつもり?」

「うん、まぁ……発注もだけど、春のフェアとかもやってしまいたいから」

「圭様」

「だから、様はやめてください」

 ほほーんとでも言いたげな顔で、母がこちらを見ている。なんなんだその下世話な表情は。どうせ僕は、彼女もいない独り身だよ。

「今日は色々、ありがとうございました」

 アイラさんは、伸ばした背筋のままペコリと頭を下げた。

 とても真面目な人なんだろう。僕は胸の奥があたたかくなるのを感じた。

「初日ですし、明日は朝のシフトですから、今日はゆっくり休んでくださいね」

 僕は二階の自分の部屋へ戻ると、着替えを後にしてデスクのパソコンを開いた。

 最近は取次や出版社でも商品や拡材の発注ができる独自の専用サイトを持っていて、営業時間外でも仕事ができるようになっている。便利ではあるけど、人気タイトルの重版が突然アップされて注文の締切が明日までなんていうことも増えてきているから、難しい一面もあった。

 階下から、上機嫌な母の声がわずかに聞こえる。父は無理ができない体だし、姉もほとんど海外だ。話し相手ができて嬉しいのだろう。

 アイラさん、お風呂や晩御飯は大丈夫だろうか。姉の部屋を客間として使うだろうけど、そういえば僕の本が山積みになったままかもしれない。

「しばらく泊まるなら、片付けないと……」

 あぁ、だめだ。

 うとうとしている。

 明日は朝の開場もしなきゃならない。僕もお風呂に入って、ご飯食べなきゃ……。

 パソコンの横でスマートフォンが小さく振動していたが、まどろみ始めていた僕はそのことに気がつかなかった。

 両手を投げ出して、机に突っ伏する。

 睡魔に負けた僕は、そこで意識を失った。


 ——失礼します。

 夢を見ていた。

 ぼんやりとした意識の中で、アイラさんに話しかけられた気がした。

 ——店長……圭様……?

 ほっぺたをつんつんと突かれた後、体がふわりと浮き上がったように錯覚する。

 ——着替えなくてよろしいのですか?

 あぁ、そうだ。ワイシャツにネクタイのままだった。お風呂にも入ってないや。

 脱ぎます。脱ぎたい。

 ——あ……は、はい。では……。

 なんだか開放的な気分だった。

 敷きっぱなしの布団の上にダイブする。体の下にあるのは、抱き枕だろうか……あったかくて、やわらかくて、いい匂いのするそれを抱き寄せて、僕は中央の谷間に思う存分頬をすり寄せた。

 ——あ……圭様……。

 人形、か? 抱き枕なんて、僕の部屋にあったっけ……?

 ——……き、です。ずっと、あなたに会いたかった……。

 後ろから、そっと何かに包み込まれる。やさしく髪をかきむしってくる。

 いつだっただろう、僕はこの安心感を知っていた。

 ——ん……なにか……か、硬いもの、が……あたって、い、います……。

 下の方にも一際やわっこい膨らみがふたつ、人形の後ろについている。僕はそのうちのひとつをなでるようにそっと揉みしだいた。

 ——あ……や……んん……。

 最近の人形ってすごいんだな。こんなに触り心地がいいなら、毎日抱き寄せて眠りたい。

 ——ぁ……ん……圭様……。

 甘いまどろみの中で、僕はいつまでもその人形を弄び続けた。

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