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第34話

「先輩っ! このお菓子おいしいですねっ!」

 車内にリアの無邪気な声が響いた。

「おいしいよね〜、駄菓子って。このチープな感じが。よろこんでもらえてよかった」

「はしゃぎ過ぎです、リア」

「アイラさんはどんなお菓子持ってきたんですか?」

「私は店長におすすめを選んでいただきました」

「あっ、ポポンキーだ! これ昨日食べたけどめちゃくちゃおいしかったんですよ、お姉様!」

「……つまみ食いしましたね、リア?」

「あ、しまった……」

「ガムならありますけど、こっちも食べますか?」

 六人乗りのSUVの後部座席は賑やかだった。

「修学旅行みてぇーだな」

 ハンドルを握り、バックミラー越しに後ろの様子を確認した仁志は満更でもなさそうな調子でぼやいた。

「ごめんね、運転任せて。帰りは代わるから」

「いや、かまわねぇよ。運転好きだしな。圭も後ろに混ざんなくていいのか?」

 助手席の僕は直接後ろを振り返った。

 リアが調子に乗ってお菓子を食べ散らかしているので、車内に駄菓子特有のにおいが充満している。天界で人間の一般教養を修めてきたと言ったのはどこのどいつだっただろう。

「店長……はい」

 アイラさんがポポンキーをひょいと前に出して、僕は思わずそのチョコスティックの先端を口に含んだ。

「ありがとうございます」

「おいしいですか?」

「はい」

「よかった。もっとありますからね」

 ポキっと折れた残りの半分を、アイラさんは自分の口へ招き入れた。二人で同時にもぐもぐする。

「すご〜い、間接キスだぁ。わたしじゃなきゃあ見逃しちゃうね」

 田丸さんに冷やかされ、僕とアイラさんは同時に顔を赤らめた。

「お前……とうとう人前で堂々とイチャつくようになりやがったな」

「え? いや、ごめん」

「ふーん……」

 リアのジト目がとにかく怖い。

 レンタカーは僕らを乗せて高速道路を東へ走る。

 空は気持ちがいいほどの快晴。春を予感させるぽかぽか陽気に流されないよう、僕は気を引き締めた。

 とにかく、アイラさんの趣味が変な方向に走っていることを、リアに悟られないようにしなければならない。


 僕を含めた夕方のいつものオタク従業員四人に、仁志とリアを加えて都市部まで日帰りのドライブをすることになったのは、K社が主催するライトノベル展が開催されるからだった。

 人気作品のイラスト展示やポップアップショップに加えて、新人からベテランまでが一堂に会したサイン会が開催される。田丸さんの希望で、学生最後の思い出にみんなで行こうという話になったのである。

 僕は自宅ではアイラさんから完全に引き離されていた。食事以外は寝るのも当然別々、自室もアンドレとアイオンの遊び場と化していて、常に監視されているような状態にあった。おかげでアイラさんとイチャイチャする暇は微塵もなく、代わりにリアから疑われるような機会も少なかった。

 問題はむしろアイラさんの方だった。

「お姉様は、いつも何の本を読んでいらっしゃるんですか?」

 姉の寝室や居間でリアが手元の本を覗き込もうとすると、アイラさんは開いたページを胸に押し当てて頬を赤らめた。

「リアにはまだ早いわ」

 ライトノベル展へ行くことが決まってから、アイラさんは『ほしきみ』を一気に読み進めていた。なにしろイベントには『ほしきみ』のグッズも出るし、著者のサイン会まであるのである。

 問題は、アイラさんが読んでいるあたりの主人公とヒロインのイチャつきっぷりがアダルト小説に近い内容にまでなっていることにあった。こんなものを読んでいるとリアに知られたら、どうせまた僕の方がアイラさんに悪影響を与えたと詰め寄られるに決まっているのである。過激な挿絵をリアに見られていないのも奇跡に近い。

 そして、読書中のアイラさんと目が合うと、彼女は決まって艶っぽい表情で目を伏せるのだった。

 くそ。

 ——僕だって『ほしきみ』みたいに、アイラさんとイチャイチャしたいのに……。

「……んで? お前らがそのラララなんたらとかいうイベントに参加してる間、俺はリアの面倒見てればいいんだな?」

 仁志には僕から声をかけた。

 リアは食い意地が張っているので、アイラさんがイベントに参加している間、仁志と一緒に別の場所で食べ歩きでもしておいてもらおうという魂胆である。

「よろしくなー、仁志!」

「おう、知り合いの店もあっからよ、たらふく美味い店紹介してやるよ」

「期待してるぜ!」

 バックミラー越しに、仁志とリアは笑い合った。

「ところで、いっこだけ確認なんだが……今日、日帰りなんだよな?」

「そうだけど?」

「トランクに積み込んであるデカいリュックやらキャリーバックやら、ありゃなんなんだ?」

「まぁ、戦争っスからね。特に田丸さんはあれでも足りるかどうか……」

 辻君がぼそりと呟いた。

「なるほど、本の仕入れか。本屋も大変だな」

 半分くらいは間違いだけど、僕は訂正しなかった。

「いいですか、リア。調子に乗って小嶋さんに迷惑をかけぬよう、立派にお務めを果たしてくるのですよ?」

 アイラさんはリアをまっすぐ見つめながら言った。

「せっかくの機会ですから、じっくり時間をかけて楽しんできなさい。消されたくなければ、くれぐれも、トラブルを起こして私や店長を呼び出したりしないように。いいですね?」

「お姉様、なんか目が怖いです……」

 僕にはもうひとつ、しておきたいことがあった。

 最後尾の座席で談笑する田丸さんと辻君を見る。

 ——お節介かもしれないけど。

 二人だけの時間を、どこかで作ってあげたかった。

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