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第33話

「……というわけで、新山リアさんに今日から一緒に働いてもらいますので、皆さんよろしくお願いします」

 バックヤードの夕礼で僕が紹介すると、リアは田丸さんと辻君に勢いよく頭を下げた後、人懐っこそうな笑顔を浮かべた。

「新山リアです! お姉様とお店の役に立てるよう、がんばります!」

 なんという営業スマイル。その笑顔からは、僕に向ける敵意丸出しの素顔は微塵も感じられない。

 いや、店長としてはお客さんに愛想よくしてくれさえすれば文句はないわけだが、なんだか複雑な気持ちだった。

「まぁーた黒船来訪したああァァァーッ!」

 しょえぇ〜と田丸さんが妙なポーズで後ずさる。

「赤毛って、またハーフ……。アイラさんのご親戚の方なんですか?」

「ごめんね。話すと長いんだけど、うちで預かることになっちゃって、家でゴロゴロさせておくわけにもいかないから、社会勉強で働いてもらうことにしたんだ」

 僕に対するリアの疑いの目は深く、自宅で留守番させておいたら僕の部屋までくまなく詮索される可能性が高い。エッチな本の数々や、姉が送りつけてきた大量の「明るい家族計画」まで見つけられたら、どんな制裁が待っているかわからない。

 ちなみに、新山という性はリアが即興で考えた偽名らしい。

「色々教えてくださいね、先輩っ!」

「せんぱいっ! うおぅ、アイラさんとはまた違った属性が……」

 えへえへと顔を緩ませている田丸さんもなかなかのものだと思う。

「まぁ、基本的にはお昼か夕方のシフトで空いてるところに入ってもらうから」

 レジ操作と商品やお金のやりとりについては、アイラさんに指導してもらった。

 アイラさんの接客はミスがないが、リアの前ではさらに落ち着きが増している。対してリアの方は、返事はハキハキしていていいのだけど、手順がわからない箇所が出てくると途端に顔をしかめてしまい、すぐに感情が顔に出てしまうのだった。

「いいなぁ。わたしも辻君もあんな頃あったもんねぇ」

「俺もっスか?」

 辻君がタブレットから顔を上げた。

「そだよ〜。レジ打ちとか失敗するとさ、すっごい悔しそうに目開いてめちゃくちゃ怖かったけど、その後いつも一生懸命メモとってたじゃん」

「あれは……俺、頭よくないから、迷惑かけたらヤバいと思って……」

 恥ずかしそうに横を向く辻君の顔を、田丸さんはどこか寂しそうな目で見つめていた。

 田丸さんがアルバイトを辞める日まで、残り三週間を切っていた。


 くたくたになって帰宅すると、風呂場の方から賑やかな声が聞こえてきた。

 アイラさんとリアは僕よりも先に帰っていたので、どうやら二人でお風呂に入っているらしい。

「さぁさぁ、お姉様。お背中お流ししますから!」

「こら、リア。変なところを触らないでください」

「うふふふ、役得役得♪」

 ちょっかいを出しながら声を張り上げているのはほとんどリアのようだった。

「あ……だ、だめです……」

「どうしたんですか、お姉様? 濡れてる? 立ってきてますよ?」

 ——ナニをやってるんだよ……。

 ハッとなって脱衣所のドアから耳を離す。いかんいかん、僕の方こそ何をしているんだ。

「……しちゃったんだもんな」

 台所で手洗いとうがいを済ませてから、僕はアイラさんと深く抱き合った時のことを思い出していた。

 二階へ上がろうとしたところで脱衣所のドアが開き、中から出てきたアイラさんとぶつかりそうになった。

「わっ」

「あ……すいません、圭様」

 濡れた髪もそのままに、バスタオルを体に巻いただけのアイラさんが立っていた。

「い……?」

「これは、その……下着を忘れてきてしまって、取りに行こうかと」

 お風呂上がりのいい匂いがする。

 緩いバスタオルの胸の谷間に釘付けになっている僕の頬に、アイラさんはそっと右手を伸ばした。

「圭様……」

 アイラさんはせつなく目を細めて、ほんの少し背伸びをした。

「アイラさん……」

 僕も彼女に顔を近づける。

 唇が重なる——。

 その直前。

「じぃ〜……」

 脱衣所のドアの隙間から視線を感じて、僕は電光石火で飛び退いた。

「圭……お前、お姉様に何しようとしてたんだ?」

「べ! は? なにもしてないけど⁉︎」

「圭様のほっぺたに髪の毛がついていたから、取って差し上げていただけです」

「ふぅ〜ん……」

 名残惜しそうな空気を残して、アイラさんは二階の姉の部屋へ駆けていった。

「あったまった?」

 気を取り直して、僕は訊いた。

 リアはファッションセンターかわむらでゲットしたアイラさんとお揃いのパジャマを身につけていた。

「ぽっかぽかだね。お風呂って気持ちのいいもんなんだな」

 夕食を三人で用意する。

 今日の晩御飯は朝方仕込んでおいたカレーと、卵とわかめの中華スープだ。僕とアイラさんで取り分けて、リアに居間のこたつまで運んでもらう。

「晩ごっはん、晩ごっはん♪」

 リアは派手にお腹を鳴らしながら何往復もして配膳を完了させた。

 いただきますをした後も、リアはうまいうまいと言いながらあっという間にカレーを平らげ、今日アイラさんから教えてもらった仕事の感想をマシンガンのようにまくし立てていた。

 ——悪い子じゃないんだよなぁ……。

「洗い物は、私がやりますから」

 立ち上がろうとするアイラさんを、僕は制した。

「週末ですし、今日はゆっくりしてください」

 エプロンをつけながら、居間の方を見る。

 嬉々として喋り続けるリアの話に、アイラさんもまた嬉しそうに耳を傾けている。

 考えてみたら、アイラさんはこの町に知り合いが一人もいないのだ。

「よかったら、今夜は映画観ませんか?」

「あたし知ってるぞ、映画! どんなのがあるんだ?」

「少し前の作品で有名なものなら、そこそこ持ってるよ」

 今時古くさいのかもしれないが、我が家には父が趣味で買い集めた映画のDVDやブルーレイが大量にある。

「どんなのがいい?」

「ドッカンバッカーン! みたいなやつがいい」

 子供か。

 父の寝室からいくつか見繕って持ってきてやる。

 リアが選んだのは、人間と未知のエイリアンが戦うSFのパニック映画だった。

「けっこうバイオレンスな描写あるけど、大丈夫?」

「元ヴァルキリー二人になんの心配してんだよ。宇宙人なんか、出てきたらお姉様と一緒にぶっとばしてやる」

 子供か。

 リアがアイラさんの隣に移動して映画鑑賞を始めた後、僕は夕食の片付けに取り掛かった。

「ぎゃあ! ぎゃああァァァーッ!」

 あれだけ大見栄を切ったくせに、結局リアは終始悲鳴をあげながらアイラさんの腕にしがみついていた。アイラさんは過激なシーンでも「あらあら」と呟く程度だったが、主人公とヒロインのラブシーンがあると前のめりで見入っているようだった。

 少し昔を思い出す。

 子供の頃、あのこたつで同じように姉と映画を見て一喜一憂していたことがある。

 洗い物を済ませた後、僕は帰りがけにコンビニで購入しておいたミニのロールケーキを切り分け、ティーバッグで淹れたホットの紅茶を添えて二人の前に並べた。

 物語はまだ中盤だ。

 アイラさんと目が合う。

 ありがとう——と、彼女は口だけ動かして天使の笑顔を浮かべた。

「ん……」

 今のうちにお風呂に入ろうかと思っていたら、アイラさんがリアと逆サイドの座布団をぽすぽすと叩いた。

「え……でも……」

「んん……っ」

 三人横に並んで観るには狭い気がしたけど、お邪魔して腰掛ける。リアは映画に夢中で、僕のことなど眼中にないようだ。

 すぐにアイラさんの指先が僕の手に絡みついて、僕はお風呂を後回しにしたのだった。

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