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第31話

 アイラさんがキッチンで朝食を作っている。

 初めて結ばれた日の翌朝だ。

 本来なら少し気恥ずかしい空気の中、二人仲睦まじく午後の出勤までの時間を過ごすはずだった。こたつの向こう側からこちらを睨みつけている赤毛の天使さえいなければ。

「あんたとお姉様がきちんとおつきあいしてることはわかった」

 リアは、頬杖をつきながら語気を強めてきた。翼は収納して、今はアイラさんの部屋着である緩い紺のワンピースの上からパーカーを身につけている。

「それはなにより」

「だからって、昨日あんたがお姉様に裸で襲いかかってたことの言い訳にはならないからな」

 人聞きが悪すぎる。

 そもそも深夜に人の家に不法侵入してきたのはそっちの方じゃないか。

「リア。それについては何度も説明したはずですよ」

 アイラさんは、こたつの上に三人分のトーストとヨーグルトを用意しながら言った。エプロン姿が神々しい。

「柏木圭が高熱を出して寝込んだから、お姉様が裸で温めることで治療をしてたって……まぁ、あたしたち天使の翼には自浄作用を高める効果がありますけど……」

 僕の隣に腰掛けた後、僕と目が合ったアイラさんは頬をほんのり赤らめて目を伏せた。

 本当はエッチしてました——だなんて、言えるわけがない。

〝昨日は圭様を隠すような真似をしてごめんなさい〟

 今朝方、僕の部屋を訪ねたアイラさんは頭を下げた。

 結局、昨夜はリアが僕をフルボッコにする寸前で、アイラさんが彼女を姉の部屋まで引っ張っていったのである。だから僕は記念すべきアイラさんとの初めての夜を一人で眠る羽目になったのだった。

〝リアは愛の試練の経過観察をする監察官として下天してきたのだと思います〟

〝経過観察?〟

〝はい。中間試験のようなものです。不合格だった場合、本試験を待たずに私は強制送還になり、ペナルティを受けます。あの……天使と人が、その、セ……え、ぇ、えっちなことをするのは問題ないので、安心してください。私たちは下天した時点で半分人間になっていますから〟

 ただ……とアイラさんは続けた。

〝監察官の査定には明確な基準があるわけではなく、個々人の判断に依存します。リアは昔から私に盲目的なところがあるので、私と圭様がキスしているところを見るだけでも、圭様を不合格にするかもしれません〟

「なぁ〜んか、怪しいんだよなぁ」

 リアの疑いの目は終始僕に対して向けられていた。

「そう言われても……」

「お姉様はな、あんたに早く会いたいがために人間界の一般教養試験も受けずに下天されたんだ」

 え?

 僕は思わずアイラさんの方を向いた。

 えへ、とでも言いたそうな表情でアイラさんは舌を出した。

 なるほど、どうりで世間知らずだったわけだ……。

「お姉様はおっちょこちょいなところもあるんだよ。まぁ、それが魅力のひとつだったりもするんだけどさ」

「それはわかる」

 リアと僕は同時にうむうむと頷いた。

「柏木圭……圭って呼ぶぞ? 圭は、あたしの言いたいことが本当にわかってるのか?」

「へ……?」

「お姉様が人間界のことをろくに知らないのをいいことに、破廉恥なことを教えたり不貞な行為をしてたらただじゃおかないぞってことだよ」

「た、たとえば……?」

「お姉様の裸見たり胸触ったりとか、してないだろうな?」

 う……と、僕は言葉に詰まった。

 横を見ると、アイラさんが虚ろな目で口を三角形にしていた。

「ましてや性行為とか、言語道断だからな! お姉様が下天してまだ二ヶ月程度なんだぞ。そんなのは紳士の風上にも置けない。不純異性交遊に等しい!」

 アイラさんの口から「がーん……」という呟きがもれた。

 全然、大丈夫じゃなかった……。

 考えてみれば、そりゃそうだ。僕もアイラさんも六年間想い合っていたという自負があるし、お互い浅い考えで抱き合ったわけじゃない。だけど、周りからは二ヶ月程度の新人カップルにしか見えないだろう。

「やっぱり怪しい……」

 リアはジトっと僕を睨めつけた後、指をパチンと鳴らした。

「アイオン! ついでにアンドレも!」

 リアとアイラさんの背後から、二体の屈強な精霊が姿を現す。

「アンドレまで⁉︎」

「自分以外の守護精霊をコントロールできる。監察官に与えられる特権なんです」

「主の命に従い、俗界に即した形へ変化せよ」

 もう一度リアが指を鳴らすと、アイオンは灰色の猫に、アンドレは茶色の犬に変化した。スコティッシュフィールドとウェルシュ・コーギーだ。

「この子たちには、圭の監視を手伝ってもらう」

 冷や汗を流す僕に向かって、リアはニヤリとほくそ笑んだ。

「人間の男なんて、どいつもこいつもエッチなことしか考えてないんだ、信用できるか。見てろよ、絶対に尻尾をつかんでやるからな」

 僕とアイラさんは横目で視線を合わせた後、深いため息を同時についた。

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