第29話 初夜
カーテンの隙間から差し込む街路灯の光が、室内を淡く浮かび上がらせている。
ちゅ、ちゅ……と、静かな室内に淫らな音が幾度となく響いた。
「ん……」
「ん……んん……」
横向きで抱き合いながら唇を重ねる。
互いの舌がまさぐるように相手の口内を行き来する。
「ちゅ……ん……」
「ふ……ぁ……圭、さま」
鼻先までくちづけが離れてもなお、僕とアイラさんの舌先は絡みついたままだった。
吐息が溢れて二人を引き離す。別離を嫌がった唾液がいやらしく系を引いた。
「アイラさん……」
キスだけで、彼女の表情ははちみつのようにとろけてしまっていた。
たまらなくかわいくて、愛おしい。
「はぁ……はぁ……」
まだ始まったばかりなのに、僕もアイラさんも息が乱れてしまっている。
眼鏡を外して、敷布団の脇に置く。
余裕はまったくなかった。ともすれば彼女の全身にしゃぶりつこうとする自分自身を抑えるように、僕は彼女の耳たぶをちろちろと舐めた。
「ふ……ん……くすぐったいです」
ふふ、と上気した頬でほほえむアイラさんの表情が、すぐにピクンと跳ねる。僕が舌先を頬からうなじ、鎖骨のあたりへと移したからだ。
彼女の首筋を数回舐めた後、僕は彼女の肩から下へキスを繰り返した。
ただ、右の胸の頂きへのそれは、キスと呼ぶにはあまりにも卑猥だった。
「あ……ん……」
下から包み込むように、もう一方の乳房に右手を添える。
「あっ……ん、んっ……」
僕の舌と指先の動きにあわせて、アイラさんがかわいらしい喘ぎ声をもらす。その先端はあっという間に「ツン」と上を向いて、僕から理性を奪っていった。
——今日は、ここで終わらなくていいんだ。
冷静になれと言い聞かせながら、この日のために何度も読み返していた夜の営みのハウツー本の内容を必死で思い出そうとした。だが、浮かんでくるのは好きなアダルトコミックの激しい名場面ばかりで、仕入れた知識が穴の空いた風船のように体中から抜けていく。
「圭、様……?」
顔が強張っていたんだろうか、アイラさんは赤ん坊のように胸元へ顔を埋める僕を見下ろしながら、やわらかな笑顔を浮かべた。
「下、も……触ります、よ……?」
「はい……お願いします」
胸の谷間から響くアイラさんの鼓動は僕よりも速い。
なのに、彼女は健気に頷いた。
アイラさんの顔の位置まで戻って、もう一度やさしくくちづける。
「キス……好きです……。ほわんとしちゃいます」
「僕もです、アイラさん……」
アイラさんの首の下から左腕を通して、抱き寄せる。その一方で、右手を彼女の太ももへ移動させる。
とにかく。やさしく、痛くないように……。
アイラさんの内ももを数回なでた後、僕は人差し指を彼女の下腹部へと滑らせた。
指先は、震えていたと思う。
「あ……っ」
上の方に僕が触れた瞬間、アイラさんは僕にしがみついた。
「す、すいません! ……痛かったですか?」
ふるふるとアイラさんが首を横に振る。
「大丈夫、です……。なんだか、電気が走ったみたいで……」
アイラさんの息がさらに荒くなる。
艶かしい表情に、僕は息を呑んだ。
「かわいい、アイラさん」
「ふ、ぇ……?」
彼女の大事な部分に、また触れる。
「あ……っ」
僕が指先を動かす度、彼女はせつない吐息をもらした。
「かわいい。めちゃくちゃ、かわいいです」
「あ、ん……! ずるい、ですっ……そんなこと、言われたら……あっ」
アイラさんがくちづけで僕の口を塞いでくる。それでも、僕は右手の動きを止めなかった。
だって、彼女は両足を少し開いてくれたから。
「んっ……んんっ……」
「ちゅ……ん……アイラさん」
アイラさんが僕の頬を両手で包み込み、僕は右手を彼女から離した。
「はぁ……はぁ……」
「痛く、なかったですか?」
また、聞いてしまう。
アイラさんは俯いてしまった。
しまった。調子に乗りすぎた。痛かったのかもしれない。
「逆、です……」
アイラさんは顔を真っ赤にしながら、恨めしそうに僕を下から覗き込んだ。
「気持ちよかった、の……?」
わずかに頷くアイラさんに、僕の理性は完全に吹き飛んでしまった。
「アイラさん……」
「え……?」
アイラさんは困惑した声を上げた。
僕が彼女の下半身に顔を移動させたからだ。
「け、圭さまっ⁉︎ だめです、そんなこと……あッ!」
この後、きっと僕はアイラさんに痛くて辛い思いをさせてしまう。
僕は彼女に、もっと気持ちよくなってほしかった。
「あっ! や……だめぇ……」
とてもここでは表現できないことを、僕はアイラさんにした。
僕の頭に添えられた彼女の両手から、徐々に力が抜けていく。
どれくらいの時間、そうしていただろう。
二回ほど、アイラさんの体がビクンと跳ねる瞬間があった。
「はぁ……はぁ……」
僕の方が、我慢できなかった。
僕は体を起こして、半端放心状態で僕を見つめているアイラさんの顔を覗き込んだ。
「僕は、もう……アイラさん」
「はい……」
小鳥のようなキスの後、アイラさんは目を細めてほほえんだ。
「きて、ください」
アレを付けるために背中を向けた僕の肩口から顔を出して、アイラさんは僕の手元を観察していた。
「恥ずかしいから、み……見ないでください」
「だめです。さっきいじわるされたから、お返しです」
そもそもまるっきり慣れないことをしているのに、アイラさんがじっと覗き込んでくるから余計に焦ってしまう。
「覚えておきます」
「え?」
背中に押し当てられた豊かな胸の感触に、僕の背筋はピンと伸びた。
「次は私が付けてあげたいから」
そんなことをされたら、僕はどうにかなってしまうかもしれない。
「……い、いいですか?」
「はい……大丈夫です」
もう一度アイラさんを組み敷いて、彼女は恥ずかしそうに両足を開いた。
不安そうな顔をしていたのかもしれない。アイラさんはあやすようにキスを繰り返した後、僕の頭をなでた。
「いき、ます……」
「はい……」
多分、ここであってるはず……。
「あ……っ」
「く……」
「あ……あ……っ」
深く、結びつこうとした瞬間——。
何かが破れたような感覚があった。
「あぁ……ッ!」
——え……?
必死で、見えていなかった。
目尻に涙を溜めながら、アイラさんは固く目を瞑っていた。
「ご、ごめ……!」
「やだ!」
体を離そうとした僕に、アイラさんが両手でしがみついた。
「離れちゃ、や! やなの……! 一緒がいいの!」
「アイラさん……」
「圭さまは私のもの! 私の圭さまなんだから……!」
僕はアイラさんを抱き返すと、角度をつけて乱暴にくちづけた。
一気に。
深く。
つな、がる——。
「んん……!」
口内で舌を絡めたまま、アイラさんは僕の襟足をギュッと握り締めた。
——く……。
「は……は……」
「はぁ……はぁ……」
「はいっ……た……?」
僕は何度も頷いた。
笑顔を浮かべるアイラさんの瞳から、涙がぽろぽろと溢れる。
「名前……」
「え?」
「呼び捨てにしてほしい、です」
「け、い……?」
「はい」
アイラさんの目尻を、僕は親指でそっと拭った。
「好き、だよ……アイラ」
彼女の中で、「ドクン」と何かが跳ねた気がした。
「私も、大好き……圭」
僕を思い切り抱き寄せて、彼女は何度も頬ずりをした。
「圭。つながってる……圭とつながってるの」
「うん、そうだね」
「動いて、いいよ?」
僕は小さく首を横に振った。
最初からそのつもりだった。自分の性的な欲望のために、これ以上彼女に辛い思いをさせたくなかった。
「いいんだ。今日はずっと、このまま抱き合っていたい」
飽きることなく、僕らはキスを交わした。
深いキスから、時折ついばむように口先を合わせて、また舌を絡める。
二人でふやけそうになりながら、アイラはもう一度僕を見上げながら、言った。
「動いて、いいんだよ? ううん、動いてほしい」
「でも……」
天使の笑顔で、アイラはささやいた。
「圭のこと、もっと知りたい。圭がきもちくなってるところ、もっと見たいの」
今度は僕の中心が「ドクン」と跳ねた。
そんなことを、言われたら。
「う……あ……!」
アイラを深く抱き寄せながら、僕は律動した。
「あッ! 圭……!」
「アイラ……!」
だらしなく息を乱す僕の頬を、アイラが舐める。
「もっと……キス、ほしい……っ」
「ああ……」
呼吸を奪うように、彼女に吸いつく。
二人めちゃくちゃに抱き合って、めちゃくちゃなキスをした。
「んっ……」
「ん、ん……!」
やさしくしたかった。
できているとは思えなかった。
「アイラ!」
「圭……!」
ずっとこうしていたい。
アイラとつながっていたいのに。
彼女を深く感じるほど、別離の瞬間が近づいてくる。
「はぁ……はぁ……!」
「圭! 圭ッ!」
「も、もう! アイラ……!」
「いいよ」
最後の瞬間を駆け上がる。
アイラが僕の髪をまさぐるように両手でしがみついて——。
僕は激しく果てた。
「……ッ!」
「は……あっ……ぁ……」
震える僕を抱きしめて、彼女は僕を離すまいとした。
「は……は……」
「はぁ……はぁ……」
僕は確かに、アイラの中にいた。
安堵と虚脱感の隙間から、愛おしさが込み上げてくる。
ギュッ——と、彼女を抱きしめる。
「アイラ……」
彼女は僕にいい子いい子をした。
「大好き……圭」
痛かったはずなのに、彼女はうれしそうにいつまでも僕の名前を呼び続けた。
あたたかなまどろみから目を覚ます。
どのくらい寝ていたんだろう。部屋はまだ暗いままだ。
寝ぼけ眼が、腕枕の先から僕を見つめるアイラさんを捉える。
「すいません。うとうとしてたみたいです」
「いいんです。おかげで圭様の寝顔が見られました」
ずっと、僕が寝ている様子を観察していたらしい。
「あ……」
アイラさんを抱き寄せて、僕は彼女の髪をなでた。
このまま、裸で一緒に眠りたかった。
なのに、彼女のしなやかな裸体が僕に密着した瞬間、僕の体はあっという間に元気を取り戻してしまった。
「た……たくましいですね」
「ホントにすいません……」
落ち込む僕の頭を、アイラさんは僕の背中から回した手でなでた。
「あの……」
「?」
恥ずかしそうに目を泳がせた後、アイラさんは言った。
「口で……してみましょうか?」
「え……?」
僕の眠気は完全に吹っ飛んだ。
「えぇッ⁉︎」
「圭に、もっとよろこんでほしいから」
上目遣いに僕を見つめる彼女の頬が「ぽっ」とピンクに染まる。
「いや! それは、だって! そりゃ、いつかはしてほしいなぁなんて思ってましたけど、いきなりそこまではマズいというかなんというか……」
「いやですか?」
「い……」と、僕は言い淀む。
「……や、じゃない、です」
見つめ合い、唇を合わせる。
アイラさんが、仰向けになった僕の下腹部へと移動する。
ゴクリ……と、僕の喉が鳴った。
その時——。
「は……!」
突然、アイラさんが天井を仰ぎ見た。
「いけない! 圭様!」
「え?」
アイラさんは上体を起こして僕を抱き寄せると、翼を出現させた。
「わ! ぷ……」
胸の谷間に押しつけられ、息ができなくなる。
「隠れてください!」
アイラさんは限界まで広げた両翼で僕を包み込んだ。
直後。
アイラさんの翼の隙間から、天井を突き破って光の柱が降りてくるのが見えた。衝撃で家全体が揺れる。
眩い光が闇を切り裂く。
光の拡散は数秒間続き、それが収まった時、柱の中心から片膝をついて跪く一人の女性が現れた。
赤毛のショートカット。古い西洋絵画の天使がよく着ているような、純白のローブを身に纏っている。背中の翼はアイラさんよりも二回りほど小さかった。
「リア」
と、アイラさんは呟いた。
「ただいま馳せ参じました、お姉様」
リアと呼ばれた天使は、快活でボーイッシュな笑顔をアイラさんに向けた。




