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第2話

「天使です」

 と彼女は言った。

「は……?」

 と僕は答えた。

 しまった、面接なのにとんでもない声を出してしまった。

 ずれたメガネのつるを直す。

 狭い休憩室の真ん中。机を挟んだ対面にお行儀よく座ったその女性を、僕は改めて観察した。

 川崎アイラ。

 鮮やかなロングのブロンドヘアー。碧眼だが、日本語は流暢だった。左目の下に泣きぼくろがひとつ。臆さずまっすぐにこちらを見つめる眼差しはとても真摯で、その佇まいには凛とした美しさがある。

 履歴書によると、年は僕より二つ年上の二十六歳。名前からするとハーフのようだけど、住所欄には聞いたことのない横文字が並んでいる。

「えーと……川崎さん?」

「はい。アイラとお呼びください」

 いや、いきなり下の名前は距離感がおかしい。

「今までは海外にお住まいだったんですか? 接客は日本語になりますけど、大丈夫です?」

「問題ありません。川崎という名前は単なる設定ですので」

「え、?」

「その方が手続きが楽だったものですから」

「ん?」と僕が首を捻ると、彼女も一緒に首を捻った。

「……あと、もう一度お聞きしますが、履歴書の職歴のところなんですけど……」

「はい、本職は天使をしております。人間界について学ぶようアークエンジェルの命を受け、この度下天してまいりました」

 ……………。

 僕はどんな顔をしていただろう。きっと細目の埴輪みたいな表情だったに違いない。

 まぁ、年が明けてすぐだからな。年末年始の休みぼけが抜けていなくても不思議ではない。

「その……天使の仕事というのはどういったものなんでしょうか?」

 我慢できずに、僕は訊いてしまった。

「以前は悪魔や悪霊の類を粛清するヴァルキリーをしておりました。年明けに念願の『愛』課の天使への配属転換が決まりまして、その初仕事として、この柏木書店の面接を受けさせていただくことになりました」

 なぜその愛の天使の仕事とやらと、本屋の面接を受けることがつながるんだろう……。

 六つ歳の離れた姉・柏木凪の推薦で採用面接をすることになったわけだけど。

 この人、大丈夫なんだろうか?

「その……姉とはどういう経緯でお知り合いに?」

「下天後、道に迷っていた私を遺跡の調査に見えていた凪様が助けてくださったのです」

 姉は大学で先史考古学の教授をしているが、発掘好きが高じて世界中を飛び回っていて、ほとんど講義をしないことで有名だった。

「人間や愛の本質について学びたいなら、本屋が良いと凪様はおっしゃいました。ちょうどご実家で欠員が出ると弟君から聞いているので、面接を受けてみてはどうかと」

「本屋ってけっこう力仕事ですけど、大丈夫ですか? 品出しだけじゃなくて、レジとか商品の発注とか棚在庫の管理とか、地味で細かい仕事も多いですけど」

「天界の巨人アトラスを打ち倒したこともありますので、力仕事は問題ありません。視力は5.0ありますので、細かいお仕事もばっちりです」

「ご……? い、いや、フルタイムで勤務可能とのことですが、ご家族の扶養に入られてはいませんか?」

「私は乙女です。男性と婚姻は結んでおりません」

「おと、め……?」

 なぜか「心外だ」とでも言いたそうな顔で睨みつけられた。

「うちはお給料が最低時給しか出せませんが、その点は大丈夫ですか?」

 ふむふむと頷く。

 さて、どうしようか——。

 春に昼のベテランさんと夜の大学生二人が、それぞれ家の事情と卒業で辞めてしまう。海外育ちのちょっと変わった人のようだけど、フルタイムでどの時間のシフトでも入れる人材は魅力的だった。

 それに。

 とてもまっすぐな目をした女性だった。

「あまり見つめられると、恥ずかしいです……」

「あ……す、すいません」

 視線が絡んだ瞬間、僕は思わず目を逸らしてしまった。

 頬が熱い。

 こんなんじゃあ店長失格だ。

「あの……凪様から、私のことはどのように聞いておられますでしょうか?」

「事情は聞いてますよ。日本の文化について知らないことが多いので、助けてあげてほしいと」

「そうですか」

 アイラさんは、ほっと息を吐き出して目を伏せた。

「私と契約していただけますか?」

 緊張した面持ちで、アイラさんは僕の顔を覗き込んだ。

「そうですね。では、採用ということで。明後日から来ていただいてもいいですか? うちは春から人手が減ってしまうので、すぐに働いてもらえると助かります」

 ぼんっ——と音を立てて、アイラさんの顔が真っ赤になった。

「ど、どうされました⁉︎」

「あっ、いえ……」

 俯き、口元を波打たせながら、こちらを上目遣いに見つめてくる。

 正直なところ。

 かわいかった。

「ありがとうございます。誠心誠意、ご奉仕させていただきます」

「そこまでかしこまらなくて大丈夫ですよ。覚えてもらうことは多いですが、すぐに慣れると思います。僕も手取り足取り教えますから」

「て、手取り足取り……⁉︎」

 アイラさんの両目が見開いて、赤い顔がさらに茹蛸のように真紅に染まる。

 ——大人しい人なのかと思ったら、面白い人だな。

 その感想が間違いだったことを、僕は二日後に思い知ることになるんだけど。

 この時は知る由もなかった。

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