第18話
アイラさんのパジャマの一番上のボタンを外したところで、僕は思い出したように天井の照明器具の紐を引っ張って、電気をオフにした。
暗がりで薄くしか見えないが、アイラさんの息遣いを感じる。
「圭様……」
やがて目が慣れ、アイラさんが不安気な表情で僕を見上げているのがわかった時、僕は彼女にそっとくちづけてから、再びパジャマのボタンを外しにかかった。
——ん……く……。
全てのボタンを外し終わる。はだけたパジャマの中央に走ったアイラさんの柔肌が、モーゼの十戒の割れた海のように神々しく感じられた。
「いい、ですか……?」
許しを請うように、情けない台詞が口からもれる。
「はい……」
パジャマの前を両サイドに開く。
ぷるん──と音を立てて、アイラさんの乳房が無防備に僕を出迎えた。
暗がりの中でもはっきりわかる。
仰向けに寝転んでいるにもかかわらず、アイラさんの双丘はなおもきれいにその形を保っていた。
「見え、ますか……?」
「え? えぇ、けっこう……というか、ばっちり」
恥じらい顔を背けるアイラさんの仕草に、僕の下腹部が露骨に反応する。
それを知られるのが嫌で、僕はすぐに彼女のふたつの膨らみを両手で下から包み込んだ。
「あ……」
円を描くように揉みしだく。
僕の指の動きに合わせて、やわく形が変化する。
「はぁ……はぁ……」
いいのか?
僕みたいな奴が彼女にこんなことをして。
「ん……」
罪悪感は、指先の感触と彼女の吐息にかき消された。
「……服」
「え……?」
「ずるい、です……。わたしも、圭様の裸、見たい……」
僕は慌てて体を起こして上半身のスウェットとインナーを脱ぎ捨てた。
手招きされ、メガネを外してもう一度彼女に覆い被さる。
「ん……ふ……」
ちゅっちゅっと音が響く。
素肌を晒したまま、僕らは抱き合いキスを交わした。
「寒くないですか?」
「はい……。圭様の体、あったかいから」
さらに数回、唇を重ねる。
そのまま、僕はくちづけの位置を頬から顎、首筋へと移していった。
「は……」
おそらく僕の意図に気づいたアイラさんが、胸元へと下がった僕の頭を抱き込むように、そっと両手を添えた。
口を尖らせる。
右の頂きへ、僕はキスをした。
「んっ……」
その淡いピンクの突起は、ツンと上を向いて僕にされるがままにしている。
——はぁ……はぁ……!
到底、我慢できない。
アメを舐めるように舌先で先端を転がした後、僕はその恥ずかしい突起を口内へと迎え入れた。
「あっ……」
くちゅ……。
「や……」
ちゅっ、ちゅっ。
「あ……あっ……」
僕はすでに欲望の奴隷になっていた。
彼女の反応を楽しむように、僕は彼女のもうひとつの頂きにも右手を伸ばし、舌と指の両方で彼女の双丘を弄んだ。
「お、おいしいのですか?」
息を乱しながら、アイラさんがささやく。
「すいません、い、痛いですか……?」
顔を上げた僕に、彼女は口元を波打たせたながら顔を横に振った。
「大丈夫です。くすぐったくて、変な感じ……。ただ、圭様が、赤ちゃんみたいだから……」
言われて顔が熱くなる。
「だって……アイラさんの大切な場所に触れていると、しあわせな気持ちになるから」
僕が大真面目な顔で返したので、アイラさんはふふっと笑顔をもらした。
「うれしい、圭様……」
これから、どうすればいいんだろう?
彼女の一番大切な場所に、触れていいんだろうか……?
——ええい、ままよ……!
「……ひとつ、気になっていることがあるのですが」
アイラさんがそう言ったのは、僕が意を決して彼女のルームパンツに手をかけようとした時だった。
「な、なんでしょう?」
「圭様の、その……下の方は、どうして硬くなっているのでしょうか?」
「え……」
衝撃は遅れてやってきた。
「えぇ!?」
「キスや体を触られる時に必ず硬くなっているようなのですが、何か意味があるのでしょうか?」
「これは、つまり……そのぉ、ですね……アイラさんと、が……合体するため、というか、ひとつになるためというか……」
「合体? ひとつになるとは、こうして肌を重ねることではないのですか?」
まさか……。
僕はアイラさんの耳元で、これから僕が彼女としようとしていたことをかいつまんで説明した。
卑猥に聞こえないよう、なるべく生物学的な事実だけを伝えたのだが……。
「え……ええぇぇーッ!」
アイラさんの顔が羞恥で茹でダコになった。
「い、入れるのですか!? 圭様の、ソレを、わたしの中にッ!?」
どストレート。
やっぱりそうだ。
年齢制限のないラノベや小説には、直接的な性表現が少ない。最近はレーベルによっては過激な内容のものも増えているけど、それでもラッキーすけべや裸で抱き合う以上の描写はぼやかされるのが一般的だ。
それは『ほしきみ』も同様だった。えっちな描写はあっても、官能的な内容は抑えてあるのである。そして、彼女はまだティーンズ・ラブやボーイズ・ラブ、もちろん官能小説の類にも手を出していない。
つまり、アイラさんは裸で抱き合ったりキスしたりすることが、性交渉の全てだと勘違いしていたのである。
「あの……少し、いいですか?」
アイラさんのパジャマのボタンをかけ、自分もスウェットを着直して部屋の電気を点ける。
口を三角にして両目を点にしているアイラさんを布団の上に座らせて、僕は窓際の仕事机に移動した。
一番下の引き出しの奥、高校の頃から厳選に厳選を重ねた僕の秘蔵コレクションの中の、その一冊。
迷ったけど、これを見せるのが一番手っ取り早い。
「これ……少しだけ読んでみてください」
アイラさんは僕からそのコミックを受け取り、読み始めた。
「ふ、ぇ……!?」
すでに真っ赤だったアイラさんの顔が、さらに限界値を超えて瞬間沸騰する。顔どころか、指先まで赤くなっていく。
「つまり……そういうことをするんですけど……」
読ませておいて、僕はあまりの情けなさに正座をしながら両手で顔を覆った。
アイラさんに手渡したのは、成年コミックだった。
ストーリー重視の純愛で、、主人公とヒロイン、二人のせつない表情が見所の、僕の生涯の一冊のひとつ。甘い展開にもかかわらず、その純愛故に時には激しく愛し合う主人公とヒロインに感情移入が止まらないのである。
「わわ……」
初めて知った。
好きな女性に自分のお気に入りのエロマンガを読ませることほど恥ずかしいことはない。
「ふわわわわわ……」
指の隙間からチラっとアイラさんの手元を盗み見したら、直立する主人公の前にヒロインが裸で跪いているシーンだった。
「わっ! わわっ! わあぁぁーッ⁉︎」
さらに盗み見すると、今度はヒロインが前で、主人公が後ろだった。
(ああぁぁぁ……)
これは、しまった。
さらに間違った知識を、彼女に与えてしまったかもしれない。
「ふは……わ、わっ……ふ、ふふ……」
両目を見開いたまま、しかしアイラさんがコミックのページをめくる手を止めることはなかった。




